医療スタッフのための英会話ハンドブック [改訂版]

日米の医師が協同で作ったホンモノのハンドブック

左ページに日本語、右ページに英語があり、どちらからでも勉強しやすいです。インターネットで音源もダウンロードできて発音の確認ができます。日本国内での外国人向け医療や海外派遣・医療ボランティア等の際に「威力」を発揮します。

ルーサー・リンク (著), カート・リンク (著), 村瀬 忠 (著)
出版社: 研究社; 改訂版 (2015/11/19)、出典:出版社HP

音声データ (MP3) は、研究社ホームページ(http://www.kenkyusha.co.jp/) から無料でダウンロードできます。

目次

はじめに

基本的な共通の形式
システムレビュー
検査
身体所見
検査室にて
処置
腹痛
下痢
発熱
頭痛
神経障害
問診票(Medical History Form)
医療関連用語小辞典
単位換算表

ルーサー・リンク (著), カート・リンク (著), 村瀬 忠 (著)
出版社: 研究社; 改訂版 (2015/11/19)、出典:出版社HP

は じ め に

診療において正確な診断をくだすことは生命にかかわるもっとも重要なことである。そして、それは医師と患者とのしっかりとした意志の疎通がなければ不可能なことである。本書は、外国人患者を診る機会の多い医療関係者を対象にした包括的で実用的使用に十分応える、本格的なハンドブックである。

本書は主として、それぞれの疾患や症状に的を絞り、医師と患者との対話によって構成されている。また、それぞれの章は<初診>の会話、いくつかの検査を行なった後の<再診>時の会話で進行する。 本書にはさらにもう一つの重要な特徴がある。医療関係者にとって、正確な専門用語と診断時の表現がただ調べられるというだけでは不十分のはずで、これらのことが実際に身につくようになること、つまり容易に学習できることが最重要であると考えた。

したがって、できるかぎり会話は平易で、比較的限られたパターンに沿って行なうこととした。 たとえば、X線の検査結果の説明を例に取ると、“Your X-ray shows…”とか、“Examining the X-ray we can see…”とか、”Your left lung has a hole according to the X-ray.”とか、“According to the X-ray…”といったようにさまざまな表現が考えられる。しかし、それらの表現をすべて学ぶ必要はない。

そういうことをすると、かえってくだらない間違いをおかしてしまうだろう。正しくて明解な表現を一つだけ学ぶことの方がはるかに実用的である。読者の学習負担を軽く、容易にするために、本書では可能なかぎり同じような状況では、同一の表現を用いることにした。さらに症状やその説明においては、いたずらに難解な医学用語を用いることなく、日常用いられる英語で行なうことにした。

正確な診断と治療を行なうために、医者と患者とが効果的に会話をすることを第一の目的とするならば、本書は十分に有効な書であると自負している。 近年、社会の国際化に伴い、多数の外国人が、日本に滞在するようになった。このような状況で、日本人の医師は、日本語がほとんど駐目、あるいは不十分にしか話せない患者との診療をスムーズに行なう必要が生じてきている。

医療行為を有効に行なうためには、医師と患者とのあいだの適切なコミュニケーションが必要である。両者の良好な関係をつくり、適切な医療行為を行なうためには、患者それぞれの生活習慣や文化の違い、病気へ理解や医療への期待を十分に理解しなければならない。特にこれまで日本はどちらがといえば閉鎖社会であり、日本人医師は日本人以外の患者を診療する機会があまりなかったために、この問題がにわかに浮上してきたといえる。

しかし、日本社会の国際化とともに状況は変わり、これからいっそう多くの外国人が、日本で働き、生活するであろうことは明らかである。我々が経験した阪神大震災、東日本大震災のような緊急災害時だけでなく、海外での医療支援などでも日本人医療スタッフは、日本人以外の患者と意思の疎通をはかる能力が要求されるであろう。 最低限必要な条件として、医師は患者の話す英語をある程度理解することができ、そして患者が理解できる程度の英語を話すことができる、ということがある。

実際問題として、英語を母語としない外国人が多数いて、その中には英語をほとんど、あるいはまったく理解することができない人もいることが、問題をいっそう複雑にしている。しかし、だからといって日本人医師が何か国語をも習熟することは、現実的に不可能である。ある程度以上の規模の病院では、少なくともひとりは、アジアとヨーロッパの主要な言語を話せることが、妥当な解決策かもしれない。

しかし、現実には国際共通語としての英語の普及とともに、日本で生活する外国人も程度の差こそあれ、英語を話すことができる人たちが大多数であり、本書は、そういった想定に基づいて企画された。 さらに文化・習慣という点になると、それぞれの民族、国家について個別に対応して医療のスタイルを変えることは不可能である。最善の方法は、医師が日本の医療の場での暗黙の了解となっている事柄や医療のやり方について十分認識し、そのことをはっきりと患者に伝えることである。

適切な医療を行なうためには、医師は医学的な要素だけでなく、人間的な、もしくは文化的な要素も考慮しなければならない。たとえば、患者は何らかの問題を抱えて病院を訪れるわけであるから、当然不安をいだいている。したがって、最初のステップは、医師が患者に十分な説明を行ない、安心させることによって、患者と医師との信頼関係を築くことである。これは、日本人同士でも簡単なことではない。

ましてや、日本人以外の患者とでは、実際には大変にむずかしいことである。 患者はだれでも不安であり、外国で医療を受ける患者はなおさらそうである。日本に長年住んでいて、日本語をうまく話せるにもかかわらず、母語を話す外国人医師をわざわざ探して診てもらう外国人はめずらしくない。これは、理屈に合わないように思えるかもしれないが、不安から生じた当然の結果である。

このようなことをふまえて、日本人医師は患者の不安というものを特に考慮しなければならない。 文化の違いの一例として、プライバシーの問題をあげることができる。これには少なくとも、「個人的」なものと、「公共」のものとの2つがある。個人的なものでは、たとえば、患者は病気の内容を家族のだれであっても話すことを望まないということがある。

したがって、医師は本人の承諾がなければ、患者の病気について、夫や妻、兄弟であっても話すことは許されない。また公共のプライバシーの例として、西欧の一般的クリニックや病院を知っている人には、日本の病院はプライバシーがまったく欠如している、ということがある。保険制度や医療行政の違いにも原因があるが、多くの日本の病院でみられるように、数名の患者が、間仕切りを設けられただけの同じ部屋にいて、その中から看護師が次々に患者に支度をさせ、医師の診療の手伝いをするというやり方に、ひどく驚く外国人患者が多い。

それでは医師と治療中の患者とのやりとりは、診察を待っているほかの患者にも筒抜けになってしまう。また診療所によっては、患者を長時間待たせる理由をきちんと説明しなければならないだろう。患者が記載する問診票 (Medical History Form) は、正しい診断をくだすためには必須のものだが、外国人でこれをちゃんと記入できる人はほとんどいない。実際の場面では、問診票はごくいいかげんに記入されるか、あるいは全く記入されないかのどちらかである。

どちらの場合も、医師は、 行なうために必要不可欠な情報を得られなくなってしまう。英語が話せる看護師または医師が、問診票の項目を英語で話し、患者から聴きとってもよいが、やはり英語で書かれた問診票を作ることが効率的であろう。参考になるように、本書巻末(p.184)に英語で書いた「問診票」の一例を示した。 医師は患者の名前を正確に言えるようにすることも大切である。

発音が正しいかどうか、またどれが姓 (family name) であり、どれが名 (first name) であるかをためらわずに聞いて確かめることも必要である。日本人医師にとって、外国人の姓と名は、混同してしまう場合がめずらしくない。同時に、医師も患者に自分の名前を伝えることが重要である。ローマ字で名前を紙に書くことから始めるのは、よい関係を築くのに適切なやり方だと思われる。患者に好感を持ってもらえれば、それだけ医師は患者の協力を得られやすくなり、より効果的に診察することができるだろう。

それから、日本人の中には、相手と目を合わせて話すことを嫌う人もいるが、西欧人と話すときには、目と目を合わせて話すことが要求される。これも大切なポイントである。 もう一つの文化的な相違点は、患者の医師に対する態度の問題である。どの社会でも医師は権威ある存在であるが、必ずしも「絶対的存在」ではない。しばしば絶対君主のようにふるまう日本人医師を見かけることがあるが、どんな患者でも病気について十分な説明を受け、質問をする権利があるのは当然のことである。これは、インフォームド・コンセント(告知に基づく同意) の考え方に結びつくものである。

コミュニケーションの問題が起こりうる外国人患者とでは、このことを特に気をつけなければならない。たとえば、薬を処方するときにも、それがいかなる薬であって、どんな作用があるのかを 医師は患者にきちんと説明しなければならない。これに類することは数多くあると思われる。

以上、これまで述べたいろいろな問題点を解決することを目的とした本書が、みなさんのお役に立って、十分に機能してくれることを切に願うばかりである。

ルーサー・リンク
カート・リンク
村瀬 忠

改訂にあたって
今回の改訂版では、細部の見直しと共に、「下痢」と「頭痛」の章を新たに加えた。本書の初版を刊行した時(2007年7月)からすると、現在はさらに医療の現場で外国人と英語でコミュニケーションをとる場面やその重要性が増している。東日本大震災のような国際的な協力が必要な場合は言うまでもなく、日本人が海外で医療活動に従事する機会も数段多くなっている。日本国内だけでなく、国外での医療活動に際しても、本書が役立つことを切に願っている。

著者一同

ルーサー・リンク (著), カート・リンク (著), 村瀬 忠 (著)
出版社: 研究社; 改訂版 (2015/11/19)、出典:出版社HP

◎基本的な共通の形式

専門用語を使っているということを除けば、患者と医師との会話は、言語学的な見地からは平易なものである。通常、質問と返答は短くて簡潔である。しかし、会話を複雑にする要素もいくつかある。その一つは、通常患者が不安感を抱いているということである。それは特に患者の国籍と言語置の国籍と言語運用力が、診察する医師と異なっているときに顕著である。

二つ目は、世界中どの国に限らず、医師というものは表現としては正確であっても、患者にとってはなじみのうすい言葉をよく使う傾向にあるということである。このことはすでに言語の違い自体が問題となっているときにはなおさらである。したがって医師は病気や症状を説明するのに、できるかぎり一般的に用いられる簡単な言葉で説明するよう努力しなければならない。

作り手である私たちは、この本でできるだけこのことを意識した。 どんな言語でも同じことを表現するのに、さまざまなバリエーションがあるが、ネイティブ・スピーカーでない人たちに多数のバリエーションを示すのは混乱を招くだけでなく、学習しなければならない量を増やしてしまうと思われる。

こうした理由から、この本では英語の表現とパターンのバリエーションをできるだけ少なくした。ここにあるパターンを完全に習得すれば、読者はほとんどの状況に十分対応できるはずである。手術をする方法をテキストを注意深く読んで学ぶことは重要であるが、ただ読んだだけで実際に技術を習得しなければ期待する結果は得られないであろう。

同様に、この本に書かれているパターンを理解するだけでは十分ではない。実際、パターンはどれも簡単なものばかりである。重要なことは正しい発音とイントネーションを練習することである。目的は会話によってコミュニケートすることであって、試験に合格することではない。

BASIC UNIVERSAL PATTERNS
FOR DIAGNOSIS

Despite the use of specialized vocabulary, the dialogue between patient and doctor is on an elementary level from a linguistic point of view. Questions and replies are typically short and simple. There are a few complicating factors,

however. One is that the patient typically feels insecure and this is particularly true when the patient’s nationality and language ability are different from those of the doctor. The other problem is that doctors, the world over, sometimes use terminology which, though accurate, is unfamiliar to the patient. This problem is particularly acute when language itself is an issue. Therefore the doctor must make every effort to explain the disease or symptoms in normal and simple language.

We have tried to do that in this book. Every language has an enormous variety of alternative forms but to present many alternatives to a non-native speaker may be confusing and it definitely increases the learning load. For these reasons, you will find natural English expressions and patterns with very little variation, Learn these patterns perfectly and you should be able to handle most situations with competence.

Carefully studying a textbook on how to perform an operation is important but unless you have practice, the results may leave much to be desired. It is not enough to understand the patterns in this book – they are not complex in any case. What is important is that you practice the proper intonation and pronunciation. Your purpose is to communicate, not to pass an examination.

また、このハンドブック中の日本語と英語が一致していない、という読者もいるかも知れないが、異なった言語の表現が同一でなくても間違いではなく、むしろ当然である。英語でよく用いられる表現が日本語では、決して使われることがなかったり、またその逆もありうる。それぞれの言語で同じ意味に相当する表現が使われており、これは必ずしも逐語的に同一であるとは限らない。

このハンドブックで用いている会話の構造は、一定で論理的なものであると同時に、日本で行なわれる一般的な医療に合わせたものとした。以下の各章で共通して用いられる簡単な基本パターンを示した。これに習熟すれば会話をうまく進行することがほとんど保証されたようなものである。

そしてこのことで、会話を通じて得られた診断がより正確なものとなり、患者を助 け、治療するという医師の役目が十分に果たされるであろうことを確信する。

〈初診〉 (D=医師、P=患者)

患者への挨拶
D: こんにちは、ジョーンズさん。どうぞおかけください。私は内科の渡辺といいます。 (名前を紙に書いて患者に渡す) 主訴を尋ねる
D:今日はどうなさいましたか?
P: 皮膚にできものができたんです。

ルーサー・リンク (著), カート・リンク (著), 村瀬 忠 (著)
出版社: 研究社; 改訂版 (2015/11/19)、出典:出版社HP