単語も科学的に学べる?
英語学習とはなにかわからない人が多いのではないでしょうか。本書では、単語学習の研究をもとに本当に効果的な学習方法はどのようなものなのかを解説しています。英語だけでなく他の言語を学習する人にもおすすめです。
第二言語習得研究の成果をもとに、英単語学習における様々な理論が展開されています。英語教育に取り入れるべき内容が満載なので、英語学習をしている方はもちろん、教育に携わる方にも役立ちます。
はじめに
本書の目的は、効果的な英単語の指導法・学習法を、これまでの研究を元にご紹介することです。英語学習において、語彙知識が重要であることは言うまでもありません。例えば、外国語学習における語彙知識の重要性について、研究者は 次のような指摘をしています。
• “Without grammar very little can be conveyed, without vocabulary nothing can be conveyed” (文法がなければ、伝わることはほとんどない。語彙がなければ、何も伝わらない)(Wilkins, 1972, p. 111)
• “The real intrinsic difficulty of learning a foreign language lies in that of having to master its vocabulary” (外国語学習の真に本質的な難しさは、その語彙を学ぶことの難しさにある)(Sweet, 1899, p.66)
• “they [= second language learners) carry dictionaries with them, not grammar books, and regularly report that lack of vocabulary is a major problem.” (第二 言語学習者は、文法書ではなく、辞書を持ち歩くものだ。そして、語彙知識の不足が重大な問題だと常に述べている) (Krashen, 1989, p.440)
文法や発音に関する間違いと比較して、語彙に関する間違いは誤解につながり、コミュニケーションを阻害することが多いという指摘もあります。例えば、日本語では「私の上司は私のことをいつもフォローしてくれます」と言うと、後輩思いの上司という意味になりますが、英語で My boss always follows me.と言うと、 「私の上司はいつも私の後をつけてきます」というストーカーまがいの意味になり(ヤング、2005)、思わぬ誤解を生みかねません。一方で、My boss always follow me. (3単現の-sがない)やMy boss is always follows me. (不要な be 動詞がある)といった文法に関する間違いは、文の意味を大きく変えることはないため、語彙の間違いほど深刻な誤解につながることはないでしょう。研究からも、シーキング・ライティング・リーディング・リスニングという四技能のいずれにおいても、語彙知識は欠かせない重要な知識であることが示されています。
このように、英語学習における語彙知識の重要性は言うまでもありませんが 第二言語習得研究(second language acquisition research) の分野において、研究者の関心は当初は文法習得に向けられており、語彙習得に関する研究はほとんど 行われていませんでした。そのことは、1980年に発表された“Vocabulary acquisition: A neglected aspect of language learning”という論文のタイトルからもうか がえます (Meara, 1980)。すなわち、語彙習得は言語学習において、軽視されて いる側面 (neglected aspect) であった、ということです。
しかし、1980年代以降、語彙習得は研究者の関心を次第に集め始め、語彙習得に関する多くの研究が行われるようになります。1990 年代後半には、“[The]field of vocabulary studies is anything but a neglected area, and the mushrooming amount of experimental studies and pedagogical and reference material being published is enough to swamp even lexical specialists to keep abreast of current trends.(語彙研究は無視された分野どころか、実証研究や教材・参考書が雨後の筍のように出版され続け、語彙の専門家ですら最新の動向についていくのに必死なほどだ)と指摘する研究者も現れました(Schmitt & McCarthy, 1997, pi)。 2000年代になっても、語彙習得に関する研究は変わらずに増えていきます。 2013年に出版された書籍では、「語彙習得研究の約 30% は、過去11年間に行われたものである」(Nation, 2013) と推定されており、語彙習得研究が近年も引き続き大きな関心を集めていることがうかがえます。
このように、語彙習得に関する多くの研究が行われている一方で、日本で出版されている英語学習や英語教育に関する書籍では、語彙学習はあまり重視されていないように思われます。例えば、英語教育や言語習得に関する日本語で書かれた入門書や概説書を見てみると、その大半は文法習得に関するものであり、語彙習得に関しては申し訳程度にほんの数ページしか書かれていないことも珍しくありません。他方、2020年施行の新学習指導要領では、高校卒業までに習得すべき単語数が 4000~5000 語に増え(従来は 3000語)、効果的な語彙指導法・学習法への注目は高まっています。そのような背景から、語彙学習に関して日本語でわかりやすく書かれた入門書の必要性を感じ、本書の執筆にいたりました。
本書では、外国語の語彙習得に関してこれまでに行われてきた多くの研究の中から、英語教師および学習者にとって特に有益と思われるものを選び、皆さんにご紹介することを目指しました。なお、外国語の語彙習得に関しては、言語学ではもちろん、心理学の分野でも非常に多くの研究が行われています。そこで、本書では言語学のみならず、心理学の分野で行われた研究にもできるだけ多く触れることを目指しました。心理学の知見を外国語学習に応用することは、近年大きな注目を集めている分野です (Suzuki, Nakata, & DeKeyser, in press)。もちろん、言語学習には言語学習特有の問題もあり、心理学の知見だけでは説明できない点があることも事実です。しかし、心理学の研究結果を応用することで、効果的な 英単語学習法の手がかりが得られることは間違いないでしょう。
最後になりますが、本書の多くは、筆者がニュージーランドにあるヴィクトリア大学ウェリントンの博士課程に留学していた際の指導教員であり、第二言語語彙習得の専門家であるスチュワート・ウェブ (Stuart Webb) 教授とポール・ネイション (Paul Nation) 教授から学んだことが礎となっています。博士課程修了後も引き続き色々とご指導頂いているお二人に、感謝を込めて本書を捧げます。
目次
はじめに
第1章 「英単語を覚える」とはどういうことか
1. 1語彙知識の様々な側面
1.2 語彙習得の基本プロセス
1.3コアミーニングの重要性
1.4 第1章のまとめ
第2章 覚えるべき英単語の見分け方
2.1 働き者の単語と怠け者の単語
2.2 英単語の全体像
2.3 便利なウェブサイト
2.4 第2章のまとめ15
第3章 語彙の意図的学習と付随的学習
3.1 意図的学習と付随的学習
3.2 文脈からの意味推測の効果
3.3 第3章のまとめ
第4章 付随的学習を促進する方法
4.1 付随的学習の効果を高めるには
4.2 適切な難易度のテキストを選ぶ方法
4.3 第4章のまとめ
第5章 テストが記憶を強化する
5.1 テスト効果 (1)
5.2 テスト効果 (2)
5.3 テスト効果 (3)
5.4 テスト効果と「深い」理解
5.5 第5章のまとめ
第6章 正解できるはずがないテストの効果
6.1 学習中に間違うことの利点
6.2 第6章のまとめ
第7章 最適な学習スケジュールとは?
7.1 集中学習と分散学習
7.2 分散学習を実践に生かす
7.3 分散効果と遅延効果
7.4 遅延効果を実践に生かす
7.5 部分学習と全体学習
7.6 分散学習の応用範囲
7.7 第7章のまとめ
第8章 復習間隔を徐々に広げることの効果
8.1 拡張分散学習と均等分散学習と縮小分散学習
8.2 第8章のまとめ
第9章 単語の最適な学習回数
9.1 語彙習得における聖杯問題
9.2 第9章のまとめ
第10章 関連語をまとめて覚えることの効果
10.1 semantic clustering とは?
10.2 semantic clusteringに関する近年の研究
10.3 第10章のまとめ
第11章 語源で覚える英単語
11.1 語源学習法とは?
11.2 覚えるべき語のパーツ
11.3 第 11章のまとめ
第12章 記憶術を活用する
12.1 語呂合わせの理論と実践
12.2 「語呂合わせ」以外の記憶術
12.3 第 12 章のまとめ
第13章 カタカナ語を利用した記憶術
13.1 カタカナ語の効果
13.2 カタカナ語を利用する上での注意点
13.3 第 13 章のまとめ
第14章 文脈からの英単語学習
14.1 文脈学習とリスト学習の効果
14.2 「文脈からの意味推測のしやすさ」が語彙習得に与える影響
14.3 第14章のまとめ
第15章 単語カードを使用した英単語学習
15.1 単語カード学習の有効性
15.2 単語カードの作り方
15.3 単語カードの使い方
15.4 単語学習ソフトウェアの利用
15.5 単語カード学習の欠点
5.6 第 15 章のまとめ
第16章 学習・テスト一致の原則
16.1 学習の基本原理: 学習・テスト一致の原則
16.2 第16章のまとめ
第17章 多肢選択問題の効果
17.1 英単語学習における多肢選択問題の効果
17.2 多肢選択問題の学習効率
17.3 第17章のまとめ
第18章 英単語の書き取り練習の効果
18.1 書き取り練習の効果
18.2 第18章のまとめ
第19章 新出語を用いた英作文の効果
19.1 英作文の効果
19.2 第19章のまとめ
第20章 適切な表現を探す方法
20.1 Just The Word で適切な表現を探す
20.2 第20章のまとめ
終わりに
初出
参考文献
索引