はじめての第二言語習得論講義:英語学習への複眼的アプローチ

 


 

一度SLAそのものも学んでみよう

10章で構成されており、200ページほどの分量でとても読みやすいです。英語学習の習得を目的とする方よりも学問としてのSLAに興味がある方向けの1冊です。

第二言語習得研究の面白さ、奥の深さを感じながら、研究の全体を理解できる一冊です。著者の体験を盛り込んで書かれているため、読みやすくなっています。第二言語習得研究の入門書として大学の講義などで使えるような内容のため、研究をしようと思っている人、興味がある人におすすめの本です。

はじめに -この本の使い方

なぜこの本を書こうと思ったのか

筆者らは普段20歳前後の大学生に自分たちの専門である「第二言語習得」という研究分野について講義をしています。講義をする際に参考にしている本 はいろいろありますが,1冊の本をテキストとして指定することはしてきませんでした。なぜなら日本語で書かれた大学生にも読みやすい入門書は非常に限られていたからです。読みやすいだけでなく、第二言語習得という分野を幅広くカバーしていて,半年あるいは1年間という時間をかけて勉強できる本があったらなぁと常々考えていました。さらに大学生のみなさんが身近に感じられる話題を多く取り上げてあるといいなあ,と思っていました。

テキストがなくても講義はできますが,良いテキストがあると教員側が授業がしやすくなるだけでなく,学生のみなさんも予習・復習がしやすくなり,教 育効果が上がることが期待できます。そこで、筆者らのこれまでの授業経験をふまえ,自分たちの理想とするテキストを作ってみようと,この本を書くことにしました。

「ものの見方」を身につけるためのテキスト

このような背景がありますので,本書は読者の「知的成長」を第一の目標としています(そのための工夫は次節参照)。知的好奇心の旺盛な若い人々に,学 問をもっと身近に感じてもらうのと同時に,身近な事柄について深く考えるきっかけにしてもらうことを目指しています。さらに,一般的なテキストとは異なり、「知識の伝授」にはあまり重点を置きません。それよりも様々なものの見方や考え方,概念を理解してもらえたらと考えています。

世の中は一般的に即効性や実用性のある知識や技術を求める傾向があります。そのため、いわゆる「学問」は実社会で直接役に立たない無用なものと思われてしまいがちです。確かに現代のようにどんどん変化していく世の中では身につけた知識やスキルはすぐに時代遅れになります。ところが,ある学問を通して身につけた「ものの見方」は一生私たちを助けてくれます。「ものの見方」自体が役に立つこともありますし、『ものの見方』を身につける能力」がさまざまな時代や状況を柔軟に生き抜く助けとなるでしょう。この本がテーマにする第二言語習得だけでなく,文学も,数学も,歴史学も,あらゆる学問は自分が今まで持っていなかった新しい思考の枠組みを与えてくれます。

また,新しいものの見方を身につけると,1つの現象について様々な見方をすることができるようにもなります。教育字首の別谷剛彦はこれを「複眼思考」と呼んでいます。この本では第二言語習得に関するいくつかの抜いながら,それぞれのテーマについてできるだけ複眼的に考えていきます。本書がこうした新しい「ものの見方」を学ぶ手引きとなることを私たちは願っています。

工夫したこと

読者の知的成長を助けるため,本書は3つの工夫をしています。

工夫①
第一に, ものの見方を理解しやすくするために,それぞれのトピックが「なぜ,どのように面白いか」を説明するようにしています。例えばなんらかの研究成果を説明する際,研究内容を紹介するだけでは読者の印象に残りませんし,ものの見方を理解する役に立ちません。それよりも, どういった背景からそのような研究が行われたか,どうしてその問題設定になっているのか,その 研究成果のどこが興味深く,それによって私たちにどんな影響を与えうるかといった解釈のほうが大切です。そこに研究の面白さがあるからです。

ただしこの解釈は主観的であり、「これが正解」という類のものではありません。本書における解釈にも少なからず筆者らの主観が入っているので,他の研究者が必ずしも同じ見解を持っているとは限りません。しかし,本書が知識の伝授ではなくものの見方を伝えることを重視する以上,このように解釈できますよ、と自らの考え方を説明することが重要だと考えました。

工夫②
第二の工夫は第一の点とも関連しますがものの見方やトピックへの理解がより深まるよう、意図的に筆者らの、そしてこれまで私たちの授業に参加した学生のみなさんの個人的体験やエピソードをたくさん紹介していることです。また、例え話もなるべく取り入れるようにしています。

人は他人の身の上話や体験談が好きです。これは単に野次馬根性というわけではなく,そこに物語(英語でいうところの narrative) があるからだと思います。 小説が物語の形式をとるのも, そこで扱われるテーマや哲学がもっとも伝わりやすいからだと考えられます。筆者らはこの「物語の力」を信じ,実際の授業 でも体験談や例え話を意図的に多用してきました。それによって効果が上がったと感じていますので,本書でもこのやり方を踏襲することにしました。

工夫③
こうして解釈や物語を加えていくためには,どうしても1つ1つのテーマやトピックをある程度掘り下げていく必要があります。しかし,第二言語習得という分野への導入書として,この分野をできるだけ幅広く見渡す必要もあります。そこで,第三の工夫として,「浅く広く」分野を概観するのではなく,筆者らが非常に重要だと考えるテーマを厳選し「ピンポイントに深く」取り扱うことにしました。大学生向けのテキストだからと過去の研究の話ばかりはせず,最新の研究についてもできる限り触れています。そして,未解決の問題や未来の研究についても一緒に考えていきたいと思います。

この本の活用法

この本は初めて第二言語習得という分野を学ぶ大学生が専門家の指導なしに独りで読めるようできるだけ平易な文章で書かれています。そのため,「なんで英語は難しいのか」や「どうしたら外国語をうまく使えるようになるか」など外国語学習全般に興味を持っている方にも興味を持って読んでいただけるのではないかと思います。

筆者ら自身は大学教員なので,本書を講義で使う他,演習形式のゼミのような授業でも授業外の課題として使う予定です。これからこの分野の入門講義を行う先生には,講義内容の参考にしていただけるかもしれません。他にも,大 学の学部では他の分野を勉強していたが大学院からは第二言語習得を学びたい と考えている方(過去の筆者らです)が最初に読むのにも適しています。あるいは大学以外で英語教育に携わっている(幼児,小学生,中学・高校生,大人などを対象とされる)先生方が,第二言語習得という研究分野についてざっくり と知りたい、と思われるときにも本書は役に立つと思います。そして先生方の教育活動の一助となれば筆者としてこれほど嬉しいことはありません。

この本の構成

本書は 10 章からなっています。この「はじめに」と第1,2.3,5,10第は馬場,4,6,7.8.9章と「あとがき」は新多が執筆しています。全体の構成は,第1~3章は第二言語習得の基礎を扱い,第4~8章はこの分野で特に重要だと思われるテーマをカバーし,第9,10章では最近注目を集めている話題を扱っています。

各章の最後には,「読書案内」としてテーマに関する参考文献もご紹介しますので、興味を持ったらさらに深く調べるきっかけにしてください。また,その章で扱う内容を自分に引き付けてよく考えたり,さらに自分で調べたりできるように「ディスカッション・ポイント」を提示しています。ここで紹介するディスカッション・ポイントは実際の授業で行って反応の良かったものを主に取り上げていますので、1人で考えるために使っていただいてもよいです。クラスで議論するための参考にしていただいてもよいと思います。さらに説明が必要だと思われる用語については「用語解説」で説明しています。

筆者らは第二言語習得研究という分野を非常に興味深いと感じ,これから学ぶべきことがまだたくさんあると思っています。ですから,まず第一にこの本は楽しんで読んでもらいたい、そしてこの分野に興味を持っていただきたいです。駆け出しの研究者である私たちとしては、一緒にこの分野を学ぶ面白さを 分かち合いたいという希望を持って、本書を送り出します。

馬場今日子

新多 了 (著), 馬場 今日子 (著)
出版社: 大修館書店 (2016/8/26)、出典:出版社HP

目次

はじめての第二言語習得論講義
——英語学習への複眼的アプローチ

はじめに――この本の使い方

第1章 第二言語習得研究とは何か——考え方とその魅力
1 第二言語習得研究とは
2 第二言語習得研究は英語学習を多面的にとらえる
3 第二言語習得研究の魅力
4 第二言語習得研究はさらにおもしろい分野へ

第2章 なぜ人は言葉を習得するのか
——母語習得についての2つの理論
1 チョムスキーの言語習得理論
2 トマセロの言語習得理論
3 トマセロが考える言語習得の前提・1
——他者の意図を読む能力
4 トマセロが考える言語習得の前提・2——パタン認識能力
5 チョムスキーとトマセロのどちらが正しいのか

第3章 母語と第二言語はどのように影響を与え合うのか
——転移とリテラシー
1 母語が第二言語に与える影響
2 語用とコミュニケーションスタイルへの影響
3 第二言語を習得することは人生にプラスに働く

第4章 第二言語習得研究はどのように始まったのか
——認知的アプローチの時代
1 第二言語習得研究の誕生
2 第二言語はどのようなプロセスで習得されるのか
——認知的アプローチ
3 インプットーインタラクション-アウトプットモデル
4 第二言語習得研究の新しい時代の幕開け

第5章 第二言語学習についての2つの見方
——認知的アプローチと社会的アプローチ
1 頭の中の世界と人間社会の世界
2 私のカナダ留学物語
3 アイデンティティ理論と第二言語習得

第6章 第二言語習得研究と外国語教育
——タスク中心アプローチをめぐって
1 文法重視からコミュニケーション重視へ
——第二言語教育法の変遷
2 再び文法重視へ
3 タスク中心アプローチの登場

第7章 どのような人が第二言語学習に向いているのか
―外国語適性とパーソナリティ
1 第二言語学習の成功は予測できるのか——外国語適性
2 第二言語学習に向いた性格はあるのか
——パーソナリティと第二言語習得

第8章 どうすればやる気を持ち続けることができるのか
——第二言語動機づけ
1 第二言語動機づけとは
2 どのような動機づけが第二言語学習に役立つのか
——マクロレベルの動機づけ
3 動機づけはいつも変化している
——ミクロレベルの動機づけ

第9章 英語学習は早く始めるべきか
——臨界期仮説と児童英語教育
1 若ければ若いほど良い? ——言語習得の「臨界期仮説」
2「子どもにやさしい」英語教育
3 「生きる力」を獲得するための英語活動

第10章 第二言語習得の新しい考え方
———複雑系理論のアプローチ
1 複雑系理論とは何か
2 システムはいつもまわりと影響しあっている
3 なぜかある状態に引き寄せられる
4 システムは自律的にふるまう
5 大事な変化は突然起こる

用語解説 1 リテラシー
用語解説 2 言語の形式・意味・機能
用語解説 3 付随的学習と意図的学習
用語解説 4 「複言語主義」の考え方
用語解説5 ピアジェの認知的発達の4段階

おわりに
参考文献
索引

新多 了 (著), 馬場 今日子 (著)
出版社: 大修館書店 (2016/8/26)、出典:出版社HP