英語とつきあうための50の問い―英語を学ぶ・教える前に知っておきたいこと

英語を学ぶ・教える前に知っておきたいこと

本書は杉野俊子氏監修、田中富士美氏・野沢恵美子氏編著であり、明石書店から出版されたものです。著者の3人が現在の英語学習状況を踏まえて、50個の質問に答える形で英語が持つ側面や言語のあり方、考え方について示唆しています。全10章にわたって、英語を様々な視点から捉えた文章を読み進めていくことで、多様な見方・考え方を得られるでしょう。

田中 富士美 (著, 編集), 野沢 恵美子 (著, 編集), 杉野 俊子 (監修)
明石書店 (2020/4/2)、出典:出版社HP

 

世界での英語

19世紀末〜20世紀初頭、産業革命により経済的発展を遂げたイギリスは、植民地政策による地理的拡張を進めていきました。それだけではなく、アメリカが20世紀半ばに政治的・経済的に台頭してきたこともあり、国境を超えた「超国家語」として世界中で英語が話されていくようになりました。その後もアメリカでは、第35代ケネディ大統領が自国文化の広報のため言語政策を重視した部隊を設立したり、主にイスラム諸国に対して英語を使用する社会の育成を進めたりすることを通して、現代では科学、技術、医学、教育、マスメディア、コンピュータなど、多くの分野において英語が使用されるようになりました。

日本での英語

日本での英語教育は明治時代初期に始まり、西欧文化の輸入を最大の目的としたものでした。戦後、学習指導要領が導入されて徐々に英語教育が整ってきた頃、高校の入試科目に英語が追加されるようになりました。その後、「コミュニケーション」という理念が英語教育における目標として取り上げられるようになり、今に至ります。

教育現場での英語

このように、世界中に英語が広まっていることや、グローバル化が謳われている背景を踏まえて、日本では「英語の勉強は大切」とされて英語教育が行われています。しかし、本書の中で著者は、「本当に『英語の勉強は大切』なのか」という疑問を抱え、英語をはじめとする様々な言語を学ぶ意味を問い直し、今後の言語との付き合い方について考えています。「高校受験や大学受験で必要だから」とか「将来必ず役に立つから」と言われて、外国語教育が行われている中、言語を学ぶ本当の意味を考える必要があるのではないでしょうか。

これまで、英語が広まった背景や英語学習が行われるようになった背景について述べてきましたが、本書の中では、「教育現場での英語」の中で挙げたような、英語の持つ側面や言語のあり方の核心に迫るような内容で溢れています。本書を通して今一度、言語について改めて考え、多面的・多角的な視点を身につけてはいかがでしょうか。

田中 富士美 (著, 編集), 野沢 恵美子 (著, 編集), 杉野 俊子 (監修)
明石書店 (2020/4/2)、出典:出版社HP

 

はじめに

もう半世紀前にもなりますが、筆者が中学生の時に、奈良・興福寺の阿修羅像を実際に拝観して大変強い感銘を受けました。ご存知のように阿修羅像は正面の憂いを帯びながら凛とした表情の他に左右に一つずつ、合わせて三つの顔を持っています。それぞれのお顔の特徴は専門家の説明に任せるとして、このように、一つの仏像から三つの面を見ることができることが非常に衝撃的でした。

その中学生時代に私の英語の学習が始まりました。当時は現代のように簡単に海外に行けたり、YouTubeやCDやネットの普及で英語が日常生活に溢れていたりする時代ではなかったので、私が育った地方の街中で英語が聞こえてくることはほぼ皆無でした。そんな中で、英語がなんたるものかもわからず英語学習が始まったのです。当然、私は落ちこぼれ、泣きたい日々が続きました。

そんな中で私が興味を持ったのは音楽です。いわゆる洋楽を通して英語を聞くようになり、その音楽性と歌詞が持つ意味に夢中になりました。英語の成績は相変わらずぱっとしませんでしたが、英語が聞きたくて、レコードやラジオから録音した音楽の歌詞カードを自作し、その後、当時はめずらしかったアメリカへの留学という機会に恵まれました。人種問題、ベトナム戦争、大規模な学生運動などアメリカ人と共に社会問題を肌で感じ、日本に帰ってきてから英語を生業として参りました。

最近の日本は、当時とは比べものにならない程、英語熱が高くなってきたように思います。その大きな要因の一つは「グローバル化」が英語教育と関連付けられて論じられ、国際競争に追い付いていくために英語力が必要という経済界から圧力があり、そのために英語を教育言語とする大学や、英語の授業は英語でという中学校・高校の授業や、小学校の英語導入などが考えられます。

インターネットの普及や多くの語学学校の宣伝など、英語は街中にあふれています。日常にこんなに英語が溢れているのでさぞかし大学生の英語力が上がっているのだろうと毎年楽しみに授業に臨んでいますが、英語力の差が広がっているものの、全体の英語力が上がっている実感はあまりありません。一方では、全教科を英語だけで教える授業に対応できる英語力を持つ留学経験のない多数の場業で、「ゴリゴリ長文を訳すという授業ばかりやってきたので、リスニングは今までほとんど力を入れてこなかった」では今までほとんど力を入れてこなかった」とコメントした学生や、「この授業で初めて英語が『人が話すための言語』であるという感覚を持てたので、言語として英語に触レたいと思った」という学生もいた程、その差は歴然だと感じています。

学習者は一般的に、「英語ができれば国際人になれる」、「英語を学習すれば考える力がつく」、「英語は経済的利点を与えてくれる」、「アジア人女性など、英語だと男性と対等に話せる」など、阿修羅像の「憂いを持ちながら凛とした」英語の正面の顔しか見ていないような気がします。英語には実際は別の顔があるのです。「英語は経済的社会的格差を生む」、「英語はエリートだけのもの」という顔のほか、「English Only」の言語政策を施行して、経済的にも社会的にも格差を生んでいるほか、「英語は少数言語を抹殺している」など、第二第三の顔が垣間見られます。

本書に原稿を寄せてくださった先生方は、教育現場で英語や英語以外の外国語教育に長らく携わってきた先生方です。監修者・編著者を含め、我々は常に熱心にまた真摯に語学学習や学習者に取り組んできた中で、いつも何か釈然としない気持ちを抱いてきました。それはたぶん英語の「違う顔」を知ってしまったことと、それを、自分の学生や政策側や経営側にどのように伝えることができるのだろうかとジレンマを感じていたからではないでしょうか。

毎月の研究会で議論を重ねてきた結果、自分たちも学習者だったころの経験をもとにし、そして自分たちの専門性を活かしつつ、日頃から自身が疑問に思っていたことを、どうしても皆様にお伝えしたいという気持ちになりました。

それぞれの専門的見地から書きますと、各項目が1冊の本になる程なのですが、ここでは質問を想定してそれに答えるという形をとることで、広範囲者の皆様にとり読みやすい本になるよう専心しました。また、理論的な内容だけではなく、実践授業の例も載せ、実践面からも読む意義を感じてもらえるように心がけました。

さらに、各項目の執筆者は、それぞれの質問に答えながら、言語のありかたや考え方についても示唆をしています。上記の研究者仲間の思いを届けるため、そして読者の皆様には「英語とは何だろう」と考えたり共感したりしていただけるように、執筆者一同は簡潔で分かりやすく、また心砕いて本書を書いたつもりです。

目次をご覧になっていただくとわかりやすいと思いますが、第1章は「世界で話されている英語」と、5つの質問で英語話数のデータや用語の説明をしています。また、Englishは一つではないという意味で、World Englishes やリンガフランカとしての英語、アジア英語などが生まれた歴史や経済的背景や現在の言語状況を説明しています。第2章の「英語の成立と世界への広がり」は5項目で、英語がどのように言語として成り立っていったか、どのように世界に広がって行ったのかなどをわかりやすく説明しています。

第3章は「日本での英語の受容と広がり」を、明治・大正・昭和・平成と、英語教育がどのように行われたのか、特徴のある教授法などを紹介しています。(Q13 飯野担当)では、グローバル化した日本での英語教育を論じる中で、「米国、英国を中心とした母語話者英語を崇拝し、同化しようと努力することは子どもたちに英語を使える自信を与えているのでしょうか、それとも心の植民地化を植え付けてしまっていないでしょうか。」と問題提起しています。

第4章の「英語習得の社会的な意味」の6項目は、バイリンガルやグローバル人材や経済効果について様々な示唆をしています。(Q14 蒲原担当)「この言語と社会的地位が密接に関連している事実は、様々な形態の「バイリンガル教育」について考えるときに、より深く関わってきます。」、(Q17 三村担当)『象徴的 資本』について考えることは、英語を習得するとどんな良いことがあるのかを考える一つの材料になるはずです。」、(Q18波多野担当)「なぜ英語を学ばなければならないかという問いにぶつかったとき、『英語は世界の共通語だ』と鵜呑みにする前に、どのような場所で、どんな時に英語を使用するのか、自らの将来像と照らし合わせながら考えていく必要があるでしょう。」などの示唆があります。

第5章は「日本で英語を教える・学ぶ」の中で、母語や多文化理解や教養としての英語などについて考える機会を提供しています。第6章の「言語教育の様々なアプローチ」の中では様々な言語教育法について述べています。第7章の「『多様な英語』への理解を促す教育実践」で、世界の様々な英語や言語をめぐる格差や不平等についても考える中で、(Q29 杉野担当) 「教科書が言語や教育 政策に特化していなくても、ことある毎に教師が言語を意識する授業を行うことは、ますます重要になってきている。」と提案しています。また、(Q30)で、田中は「英語学習とともに、英語使用者になることの目的、意義を知ることはとても重要なので、コミュニケーションを図る相手も大いに意識した高度な英語の運用のために、英語教育を位置づけることが理想ではないか」と論じています。

第8章は「日本の英語教育における多様性・テクノロジー化」では外国にルーツをもつ生徒、夜間定時制や聴覚障害の生徒の語学教育の問題点を明らかにしています。(Q33 森谷担当)では、「日本の中の多様性と単一言語主義のせめぎあいが、夜間定時制教育における英語教育では意識せざるを得ない状況となっているのです。

このせめぎあいをどのように捉え、乗り越えていけるのかは今後の英語教育の課題です。そしてこれは、今後多言語化が進むと思われる日本の小中学校、そして夜間定時制高校を含む高校においても取り組むべき課題でしょう。」や(235 波多野担当)「『英語教育』として考えたときには、単に実用的な英語運用能力を養成するということだけでなく、日本語とそれ以外の外国語を比較することで、豊かな言語感覚を磨いたり、他の文化を学んだりすることもできます。」と示唆しています。

第9章「世界における言語をめぐる格差」では、アフリカ、アジア、アメリカの先住民、ヒスパニックと黒人英語の例を出しています。(Q37 野沢担当)「この言語資本へのアクセスは社会階層や、都市と地方など地域間で大きく異なり、それが不均質な教育システムの中で増幅され、さらなる不平等を生み、固定化しているという一面にも、十分目を向け理解する必要があります。」と提示しています。

最後の第10章「多言語社会に向けて」では、欧州の複合主義、言語の消滅と復興、日本の多言語主義などについて紹介して、多言語状況の加速化とそれへの対応を呼びかけています。最後に、「日本人は英語にどう向き合うべきですか」(050 波多野担当)の中で、「自分にとって英語とは何か?」という問いに対して、飽くなき「対話」を続けていくことの大切さと、なぜ英語を教えるか、教え子に何を学んでほしいのか、教員としての自己説得的言説を自らのことばで語ることができる人材になることの重要性を強調しています。さらに日本人は英語にどう向き合うべきなのかと問いかけています。

このように、各項目の疑問に答える形、あるいは答えのヒントになるようなものを読者が引き出すことができるような内容になっています。

この本の筆者たちは、日本語を外国にルーツを持つ学生に教えていても、英語教育に携わっていても、各自英語の学習者であったことと、英語の使用者でもあります。したがって、バンスとフィリプソン(Bunce, P. and Phillipson, R.)他がWhy English? Confronting the Hydraという本の中で述べているように、英語そのものに対して反対というわけではないのです。我々が問題にしているのは、英語の使われ方、特に英語使用の裏にある構造的かつ思想的な(権)力なのです。バンスとフィリプソンが主張しているように、現在往々にして失われつつある、あるいは政策で少数派になってしまった少数言語を、英語にとって代えるのではなく、少数言語に英語を足していくという姿勢も支持しています。

1992年の国際言語学者会議で、「言語が消滅することは、それがいかなる言語であっても、人類にとって取返しのつかない損失である」との宣言を受けて、国際的には、2019年を国連は国際先住民言語年(The International Year of Indigenous Languages)とし、世界中で多くの先住民族言語が存続危機にあることへの意識付けを行うとしています。つまり英語の強大な力の陰にある言語と言語状況を考えてほしいというのが、本書を上梓する動機・目的の一つとなっています。

また、国内的には、2020年から、小学3・4年生では外国語活動が、5・6年生では外国語教科が始まり、日本の英語教育の大きな転機が訪れようとしています。ますます多くの英語学習者が増えるだけでなく、ますます多くの先生が 英語教育活動に巻き込まれることになります。

そんな中で、本書が、無批判な英語教育一辺倒議論に終わるのではなく、「英語とはなんだろう」、「なぜ英語を勉強するのだろう」、「自分にとって英語とは何だろうか」、「なぜ英語を教えるのだろう」、「生徒に英語を通して何を学んだり感じてほしいのか」、というような根本的な質問を英語の多面性に焦点を当てながら考える際に、本書が貴重な一石を投じることになれば、執筆者一同誠に幸いと思う次第です。

2020年2月23日
杉野俊子

田中 富士美 (著, 編集), 野沢 恵美子 (著, 編集), 杉野 俊子 (監修)
明石書店 (2020/4/2)、出典:出版社HP

目次

はじめに
用語・術語解説
参考資料

第1章 世界で話されている英語
Q1 世界で英語を日常的に話す人はどのくらいいますか
Q2 ネイティブスピーカーやL1 / L2 や ESL / EFLとはなんですか
Q3 いろいろな英語 (World Englishes)とはなんですか
Q4 リンガフランカとしての英語(English as a Lingua Franca)とはなんですか
Q5 アジア英語(Asian Englishes)とはなんですか

第2章 英語の成立と世界への広がり
Q6 英語はどのように言語として成り立っていったのですか
Q7 英語は歴史的にどのように世界中に広がっていったのですか。
Q8 現代も英語が世界中で広がり続けているのはなぜですか
Q9 英語の広がりについて研究者はどのように考えていますか
Q10 英語と支配にはどのような関係がありますか

第3章 日本での英語の受容と広がり
Q11 明治・大正時代の英語教育はどのように行われていたのですか
Q12 昭和と平成の英語教育はどのように行われていましたか
Q13 グローバル化によって日本での英語教育はどのように変わっていくのでしょうか

第4章 英語習得の社会的な意味
Q14 「バイリンガル」とはなんですか
Q15 「グローバル人材」とはどのような人ですか
Q16 英語を習得するとどんな経済的価値があると言われていますか
Q17 「言葉の文化資本」とはなんですか
Q18 日本でも英語は「共通語」になりますか
Q19 英語と日本語の論理は同じですか

第5章 日本で英語を教える・学ぶ
Q20 自分たちの母語を維持することの大切さはなんですか
Q21 英語を学習すると多文化理解はすすみますか
Q22 教養としての英語とはなんですか
Q23 英語ネイティブ以外の先生はどう英語を教えればいいですか

第6章 言語教育の様々なアプローチ
Q24 コミュニカティブ・アプローチ(Communicative Approach)とはなんですか
Q25 トランス・ランゲージング(Translanguaging)とはなんですか
Q26 クリル(CLIL)とはなんですか
Q27 専門英語教育(ESP)とはどんなことをするのですか

第7章 「多様な英語」への理解を促す教育実践
Q28 世界の様々な英語についてどのように教えることができますか
Q29 言葉をめぐる格差や不平等についてどのように教えることができますか
Q30 地域に必要な英語をどのように考えたらよいでしょうか
Q31 英語学習にインターネットやSNSをどのように活用できますか

第8章 日本の英語教育における多様性・テクノロジー化
Q32 外国にルーツを持つ高校生の英語の授業はどんなものですか
Q33 夜間定時制高校ではどのように英語教育が行われていますか
Q34 耳が聞こえない人たちはどんな風に英語を学んでいますか
Q35 機械翻訳時代には英語教育は不要になりますか

第9章 世界における言語をめぐる格差
Q36 アフリカでの言語をめぐる格差とはどのようなものですか
Q37 アジアの多言語と英語はどういう関係ですか
Q38 言語教育と人種はどのように関わっていますか
Q39 アメリカの先住民はどのように英語を話すようになったのですか
Q40 アメリカのヒスパニックの教育はどのようになっていますか
Q41 黒人英語のエボニックスとはどんな英語ですか

第10章 多言語社会に向けて
Q42 欧州評議会が掲げる「複言語主義」の理念はどのようなものですか
Q43 ニュージーランドの言語教育はどのように行われているのですか
Q44 複数の言語が話されている小さな国ではどのように教育をしていますか
Q45 言語が消滅する、復興するとはどういうことですか
Q46 ことばの市民権(Linguistic Citizenship)とはなんですか
Q47 日本の多言語状況はどのようになっていますか
Q48 「外国人を見たら英語で話しかけてみよう」の問題はなんですか
Q49 日本の大学生は多言語社会をどのように見ていますか
Q50 日本人は英語にどう向き合うべきですか

索引

田中 富士美 (著, 編集), 野沢 恵美子 (著, 編集), 杉野 俊子 (監修)
明石書店 (2020/4/2)、出典:出版社HP