NHK実践ビジネス英語 アメリカ人の「ココロ」を理解するための教養としての英語

 


 

英語の言葉的、文化的常識とは?

本書は、文化的な背景を知らないとわからない英語を、アメリカの文化などを紹介しながら解説していく本です。ことわざやスローガンなどをもじって、自分の主張や考えを表現したり、古典から引用して、機知に富んだ表現を用いることが示されています。英語の文章がいくつも紹介されており、アメリカの人々の生活や社会的な状況などが与えた影響を解説しています。

はじめに

英語の「ココロ」を理解するために

《ぜいたくは敵だ》

これは、「欲しがりません勝つまで は」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」とともに国民に耐乏生活を強いる戦時中の標語として知られています。

パーマ(perm, permanent wave)をかけることは「非国民」とされ、「国民精神総動員運動」により西陣織などの豪華 な着物地や、首飾りやイヤリング、ダイヤやルビー、象牙製品の製造加工が禁止 された時代のことです。東京市内に「ぜいたくは敵だ」と書かれた立看板が多数 設置され、「ぜいたく監視隊」なども登場したと言われます。

ただ、一般国民はこうした官製スローガンをただ甘んじて受け入れていたのではありません。「敵」の前に「素」を入れて「ぜいたくは素敵だ」と揶揄したものもあったというのです。アメリカでも戦時中のスローガンとし ては、Loose lips (might) sink ships. や The walls haveears. が使われました。

loose lips とは「ゆるい口元」ですが、「(プライベートなことや秘密などをペらぺら話す)口の軽い人」の意味もあります。Loose lips might sink ships.は「口が軽いと船が沈むかもしれない」。つまり、うかつに秘密を口にすると味方 の船が沈められるということで、秘密漏 波を戒めたもの。lips -ships と韻を踏んで覚えやすくしています。

The walls have ears. は「壁に耳あり」で、日本の「壁に耳あり、障子に目あり」と同じ発想です。両方のスローガンとも「スパイに警戒せよ」「秘密は漏らすな」という意味で使われました。

しかし若者たちは、Walls have ears … and bottles have necks.などとちゃかすこともあったそうです。「…… 瓶に首あり」と付け加えたのですが、 neck は瓶の「首」部分の細い箇所です。

bottleneck は「隘路」のこと。また、 The ears have walls. などとも言いました。特に権力の座に就いている人たちなどには、「耳に壁」があって人の話を聞こうとしない、という当てこすりです。

このように洋の東西を問わず、標語があればそのパロディも存在しました。

気を付けてみると、意表をついた短いメッセージはいろいろなところに見受けられます。中にはおやっと思わせるよう な「名言」「迷言」もあります。

本書には、one-liner と呼ばれるこうした短い文がたくさん収められています。それらの多くは、引用句や警句、聖句、ことわざ、シェイクスピアの名せりふ、落書き、広告のうたい文句などをひねったりもじったりしたものです。

ユーモアや皮肉が効いたものがほとんどですが、オリジナルを知らずに、そのまま日本語に訳しても、ほとんど意味をなしません。

使われている個々の単語は簡単でも、その「ココロ」を理解するための「カギ」が必要なのです。そのカギとは、ア メリカ人であればだれでも知っている「常識」や cultural literacy と呼ばれるようなもの。つまり、アメリカの風俗、習慣、歴史、迷信、生活様式、それに俗語、しゃれ、同音異義語やかけことばなどを知らないと、理解できないのです。

私がアメリカに留学した1970年代初頭 には、道路には bumper sticker を貼った車が多く走り、pin-back button と呼ばれる丸く平たいバッジを服に付けてキャンパスを闊歩する学生もよくいました。

bumper sticker とは車のバンパー部分に貼りつけるステッカーのことで、政治的なスローガンやスポーツチームの応援文句、あるいはつい頬が緩むようなユーモラスなメッセージが記されたものも多く、特に大統領選挙の年には候補者名の入ったものもよく目にしました。 私の記憶に残っているものとしては、 Enjoy Life. It has an expiration date. があります。「人生を楽しめ。人生には賞味期限があるから」ということです。こうした何となく哲学的な文句が好きでした。ある時、キャンパスの中を

I GIVEA SHIT

と書かれた大きめのバッジを胸に付けた女子学生が歩いているのを見て驚いたことがあります。

shit とは「大便」「ウンコ」のこと で、日本を出発する前に読んだ竹村健一著の大ベストセラー『おとなの英語』 (カッパ・ブックス刊)に「レディーの前では使えない言葉 ― スラングとタブー語」「絶対に使用禁止の言葉」という章があり shit もその中に含まれていました。

それをレディーが胸に飾ってキャンパ スの中を歩いている。それだけでも驚き なのですが、その文句はどういう意味なのでしょうか。まさか……。

私はジャーナリズム専攻の学生として、現代英語の語法を確かめるために、その文句の意味を究明しなければなりません。そのためには本人に直接聞いてみるのがいちばん。

ということで、その女子学生のあとを追って呼び止めたことがあります。相手は突然目の前に現れた外国人の学生に、一瞬緊張して驚いたようですが、「なんだ、そんなことか」とでも言うように、こんなふうに説明してくれました 。

「最近のアメリカの学生といえばノンポリで、ベトナム戦争にしろ、政治についても無関心な人が多いの。I don’t give a shit, which means I don’t care. 『どうなったって知ったこっちゃない』ということね。そんな人たちに対抗して、I do care. つまり『私はアメリカの現状を憂いている』という意味でこれを付けているの」。

そう言い終わると、「よかったらあなたにあげる」と言うなり、彼女は自分の胸からそれを外し、有無を言わせず私の手に押し付ると、身をひるがえしてホールの中に消えて行ってしまいました。

あとで辞書を引いてみると、give a shit は俗語で「気にする」で、通常はdon’t give a shit と否定形で使うことが 多い、とありました。

また、ウォーターゲート事件の真っただ中に、Nixon has no balls と書かれた バッジを胸に街中を歩く女性を目にして 仰天したものです。「ニクソンにはタマタマがない」ということ。つまり言い訳や隠ぺい工作を重ね、優柔不断で男らしくない。そうしたニクソン大統領に怒りをぶつけていたのです。

アメリカに行って驚いたことの1つは、 「レディーの前では使用禁止のことば」なるものを堂々と女性が使っていることでした。女性の社会進出が進んだ70年代になると、「女性に聞かせてはいけない語」という考え自体が、女性差別とされたのです。

でもそうしたバッジも現在はあまり見 かけなくなりました。それにあんなに目 についた bumpersticker も……。

どうして見なくなったのかアメリカの 友人に尋ねたり、インターネットで検索 したりしてみました。すると2008年10月 22日付の Chicago Tribune の The disappearing bumper sticker という記事が見つかりましたから、このちょっと前 あたりから消えていったようです。

いくつか理由があるのですが、「なる ほど」と思ったのは、最近の車はバンパー部分がかつてのようにゴムではなく、車体と一体化しているものが多くなったので、貼ったり剥がしたりすることにより車のボディが汚くなることを嫌ったのでは、というものでした。ステッカーを 貼る場合には、その場所は後部の窓になり、以前より小さなものが多いようです。

現代では SNS が、自らの主張を発信するためのお手軽で主要なメディアです。また、いろいろなメッセージの書かれたTシャツやスウェットシャツも市販されていますから、それらを着ることによって自己表現をする人も多くなっています。

SNS に特定の政治家をサポートするような内容の投稿をすると、同じような趣 旨の文句が書かれたシャツなどの売り込みの書き込みが、数分後にはあるそうです。

bumper sticker などを見かけなくなったもう1つの理由は、現在のアメリカはト ランプ派と反トランプ派に二極化されているので、政治的なメッセージを掲げると車を壊されたり、スプレーでいたずら書きをされたりするというのです。

実際、MAGA キャップを被っていた若 者たちが、襲われて袋叩きに遭うという事件も報道されています。MAGA とは Make America Great Again というトランプ大統領のスローガンで、このキャップを被っていれば明らかにトランプ支持者と思われるでしょう。

Tシャツにはありとあらゆるメッセー ジが書かれています。先日も都内で、 No Beer, No Life と書かれたTシャツを着た人とすれ違い、ニヤッとさせられました。ただ、あまり過激なものや性的なメッセージが書 かれているものは感心しません。

ある時、ロンドンのヒースロー空港で税関の列に並んでいると、となりの列のアメリカ人と思われる若者と係員がもめています。見るとその若者は MARIJUANAと書かれた Tシャツを着ていたのですが、税関の係員がそれを脱げ と言っているようです。それを着たままでは絶対に入国させない、と強く言われ て、その若者は渋々脱いでいました(私 は心の中で静かに拍手を送ったもので す)。

かつて、トランプ大統領の妻のメラニ ア夫人が着用していたジャケットに書かれた文句が物議を醸したことがあります。親と離ればなれになりテキサス州で収容された不法入国者の子供と面会するために、ワシントン郊外で大統領専用機に乗り込むファーストレディーのジャケットの背中には、I REALLY DON’T CARE. DO U? と白文字でプリントされていたのです(U は同じ発音の youのこ と)。

そのジャケットをあえて選んだ夫人の意図をめぐり、米国ではインターネット上を中心にさまざまな憶測が流れまし た。「本当は移民の子供のことは心配していないというメッセージかも」とか、しつこいマスコミへの「捨てぜりふか」とも言われました。

このジャケットは市販のZARA 製のものだということがあとで判明しました が、これを選んだ本人の思いとこの写真 を見た人の「解釈」には差があったかも しれません。

本書では、主としてアメリカの新聞、雑誌、出版物や友人との会話から興味を引かれたものを集めました。そして NHK ラジオ「実践ビジネス英語」などのテキストに Graffiti Corner や Just inJest の 名前で連載してきたものが中心になっています。今回、そうしたものに全面的に 手を加え、6章に分類してみました 。それぞれの章の初めはクイズ形式になっていますので、ぜひ、Answer を考えてみてください。

著者が意図したのは、「寝転んで簡単に読める本、と思って読み始めたら意外と中身が濃く、楽しく英語が学べるので、途中から座り直して、マーカーでハ イライトしながら読む本」です。

2019年12月 杉田敏
NHK 実践ビジネス英語

目次

アメリカ人の「ココロ」を理解するため教養としての英語
もくじ
はじめに――英語の「ココロ」を理解するために
1 ことわざをもじってみれば
2賢者にまつわることばをデフォルメすると
3巷で目にする真の知恵
4ちょっとひねったスローガン
5ことば遊び
6 ナンセンス、ハイセンス

本書は NHK テキスト「実践ビジネス英語」などに Graffiti Corner、Just in Jest ほかとして掲載された ものから選び、新たな項目を加え、加筆、訂正、再 構成したものです。