外国語を学ぶための言語学の考え方

 


 

自分であった勉強法を

外国語を習得するには、地道に学習を積み重ねるしか方法はありません。しかし、より早く習得するためのコツは存在します。本書は、言語学習がより楽しくなるように言語学がどのようなものなのかを捉え直す本です。言語学習に面白さを見いだせていない方におすすめの言語学の本です。

外国語を学習する上で必要となる言語学の知識が、基礎から応用まで広く解説されているので読み物として楽しむことができ、また言語学習の面白さなど気付かされることが多いようです。

はじめに

外国語学習は料理である

常日頃より考えているのだが、外国語学習は料理に似ている。料理に必要なものといえば食材と調理法。言語の場合はそれが語彙と文法に相当する。おいしい料理は、豊富な食材と巧みな調理法の両方が揃ってはじめてでき上がる。外国語を操るときも同様で、豊富な語彙と巧みな文法が一つとなったとき、豊かな表現が生まれるのである。ということで、外国語学習者は語彙と文法の両方を追い求めなければならない。語彙の足りない外国語は、食材が限られている料理のようなもの。目玉焼き、オムレツ、ゆで卵、茶碗蒸しなどなど、どんなに調理法を替えたところで、卵料理ばかりでは飽きてしまう。一方で、いくら語彙が豊富であっても文法がお粗末な外国語は、いろんな種類の野菜を使っているけど結局はどれもサラダじゃん、といったところか。

つまり、両方をバランスよく身につけることが大切なんだね。

この比喩は大学生にもピンとくるらしい。某外語大学で非常勤講師をしているのだが、こんな譬え話をしてみたら、とても気に入ってもらえた。外国語に真剣に取り組んでいるからこそ、納得したのかもしれない。

ある学生は、こんな感想を寄せてくれた。「最近一人暮らしを始めて、調味料を揃えたのですが、使い方が分かりません。専攻のスペイン語と同じだなと感じました」
なるほど、調味料か。語彙はすべてが食材ではなく、たとえばヨーロッパ系言語の前置詞や接続詞のような、それだけではもの足りないけれど上手に使えば効果絶大な品詞は、むしろ調味料と考えたほうがいいかもしれない。食材と調理法に加え、さらにスパイスが絶妙に組み合わされたとき、おいしい料理ができ上がる。なるほど。学生からすばらしいヒントをもらった。

だが外国語学習には、別のスパイスがある。

言語学である。

言語学は学問分野の一つであり、外国語学習のために存在するのではない。だがそのなかには、ことばを学ぶためのヒントがいろいろ含まれている。そこで外国語学習のヒントとなりそうな話題を選んで、これまで言語学の入門書を書いてきた。

当然のことながら、わたしの採り上げる話題は言語学の一部にすぎないし、分野によってはまったく接点がないこともありうる。だがどんな言語学入門書でもすべてを網羅しているわけではない。それぞれが自分の視点から自分の考えを語る、それで構わないではないか。そんなふうに考えていた。
ところが最近、その気持ちが揺らいできたのである。

ひょっとすると、わたしの言語学は誤解を招いていたのかもしれない。

大学で教えていると、最近は拙著を読んで言語学を目指すことにしたという学生に出会うことが珍しくなくなった。まだ何も知らないピカピカの大学一年生にかぎって、言語学を専門的に学びたいという。はじめのうちは、はあ、そうですか、でもまあ外国語学部に所属しているのだから具体的な外国語を学んでいるわけだし、だったら拙著から得た知識をもとにまずは専攻語のほうを頑 張って、できれば他にもいくつか外国語を学んで、そのうえで言語学を学びたいのであれば、それもいいかなと考えていた。

ところが、なかなかそうはいかないのである。言語学を目指す学生は、どうやらわたしの目論見に反して、言語学そのものにしか興味を持たないようなのだ。外国語を学んだら、そこから文学や歴史に興味が広がるのが当然だと考えていたわたしにとって、これはショックだった。文化的背景を無視して、言語の構造だけを追いかけて、それがいったい何になるのか。わたしは外国語学習のスパイスとしての言語学を紹介してきたつもりであり、乳鉢の中で薬品を捏ねるような言語研究は求めていない。そういう言語研究には常々疑問を感じているのに、わたし自身がそんな人間を増殖させているとすれば、悲劇としかいいようがない。
そこで「外国語学習のための言語学」を考え直してみることにした。

黒田 龍之助 (著)
出版社: 中央公論新社 (2016/2/24)、出典:出版社HP

本書は目次をご覧になればお分かりのように、音、文字、語、文法、意味といった、いわゆる言語学の入門書にありがちな順で話を進めることをやめた。代わりにすべてをリシャッフルして、章ごとにテーマを決め、言語学の考え方を紹介していく。言語学は外国語学習に対してどんなヒントを与えてくれるのか。これを探るためには、文法とか意味といった枠を超えて、縦横無尽に語る必要がある。このような新たな試みを通して言語学の考え方が整理できれば、

外国語を学ぶ際に、前置詞や接続詞とはまた違った、もう一つのスパイスになるのではないかと期待している。

ただし、本書では取り扱わないスパイスが二つある。

一つは理論言語学である。最新の理論言語学は世界の言語に共通する特徴を追い求める厳密な科学であり、そこから多くの学術論文が生成されている。それはいいけれど、個別の言語それぞれの違いを身につけることが目的の外国語学習とは、根本的に相容れない気がする。というか、そういう理論は複雑すぎて、わたしの頭がついていけない。それでも外国語は学べたのだから、なくてもなんとかなるはず。ということで「カガク調味料」はナシである。

もう一つは音声学だ。言語学のなかでも基本中の基本である音は、調味料だったら塩に相当するくらい重要である。塩は奥が深い世界のようで、ミネラルがどうとか、どこの塩山で採れたものがどうとか、コダワっている人もすくなくない。ただし行きすぎると、本来の目的を見失って迷子になる恐れがある。音も同様で、ときには熱中するあまりに言語そのものから離れてしまう人さえいるが、それでは外国語学習にならない。そこで音についてはごく基本的なことにとどめておくことにする。塩は大切だが、塩だけで料理の味のすべてが決まるわけではない。塩分は控えめのほうがよい。

料理もことばも人間が生活するうえで欠かせない。それぞれプロもいるが、プロでなくても人々は何かを食べ、何かを話す。そういうふつうの人のために、「ことばのスパイス」としての言語学についてあれこれ盛り沢山に、とはいえクドくならないよう隠し味ていどに抑えながら、話していこう。

黒田 龍之助 (著)
出版社: 中央公論新社 (2016/2/24)、出典:出版社HP

目次

はじめに―外国語学習は料理である

序章 言語学が隠し味である理由

速読はどうして可能なのか 「犬」がinuである理由動物にはことばがない 人間は言語が習得できる 小学生でも知っている? 書で見つけた言語学用語

第一章 用語に気を遣う―繊細な言語学

二カ国語放送 定着しない母語 《訛り》ではなくて方言 アルファベットはローマ字だけじゃない 単語よりも語がいいのだが…… 比較と対照 《ウラル・アルタイ語族》は存在しない 「人」か「族」か 専門はスラブ諸語

第二章 間違えるのが怖い―不安な言語学

否定形の憂鬱 心配のあまり フリガナには無理がある 巻き舌はそこまで恐怖なのか? 批判にさらされる文法 「払わさせてください」 その場しのぎでいい ことばは歩み寄りの産物 誰に向けたメッセージなのか

第三章 空気を読む―柔軟な言語学

コミュニケーションの道具? さまざまな比喩 空気を読むのが当たり前 相手の発言から類推する 欠席は欠席である 狙いどおりに伝えるために それでも伝わっている 読めない空気を無理に読むと…… あいまいさはときに正す必要がある。

第四章 品詞もいろいろ――多様な言語学

男性名詞と女性名詞 後ろにつく冠詞単 数と複数の間 名詞が変化するということは 格はいくつあるのか 格変化が難しいわけ 形容詞はどっちの仲間 品詞は一致しない「五人の学生」と「学生五人」

第五章 大切なのは過去――遡る言語学

過去を生きる 言語は常に変化する 歴史的な視点と現在の視点 過去とは何か 古典語嫌い どうして机に呼びかけるのか 現代語に混ざる古語の要素 秋葉原はアキバだった 不規則のなかに痕跡が残る

第六章 迫られる二者択一―張り合う言語学

白か黒か 品詞の二項対立 社会、個人、そして…… 音の二項対立 動詞の二項対立 能格とは何か 知育教材のように 同音異 義語の分類法 新しく作り出せるか 何が「ふつう」なのか

終章 浪漫主義言語学への招待

科学的すぎる言語学? 複数の外国語を中心に 不必要なものと必要なもの 本を読む、話を聴く

おわりに――ことばのシェフとして

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黒田 龍之助 (著)
出版社: 中央公論新社 (2016/2/24)、出典:出版社HP