伝わる短い英語: アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア 政府公認 新しい世界基準Plain English

政府公認? – 簡潔で品格がある英語

本書は、欧米の官公庁やビジネスの時に使われている英語を書いたり話して伝えたりすることができるように、わかりやすくまとめた学習本です。長く小難しい文章ではなく、短く簡潔にまとめたわかりやすい文章で伝える方法が書かれています。

はじめに

「ある自動車メーカーが、インドとフィリピンに進出するにあたり、現地向けの文書を平易な英語で翻訳できる会社を探していますが、御社で対応できますか」。1998年、私が翻訳会社を設立して間もない頃に、このような仕事の依頼が飛び込んできました。これが、プレイン・イングリッシュ(PlainEnglish)との出会いでした。
その依頼を受け、プレイン・イングリッシュへの翻訳作業を進める中で、自分が起業する前に勤めていた翻訳会社時代に「一語一句、逐語翻訳するべき」という日本人チェッカーと「シンプルでクリアな英語にするべき」というアメリカ人リライターの間で、板挟みとなり、判断を求められたシーンが脳裏に浮かびました。

「これだったのか!」

翻訳業界の常識である「正確な翻訳」と読み手に「伝わる翻訳」との間にぼんやりと感じていた乖離は確信に変わり、その乖離の溝を埋めるポイントが具体的にイメージできた瞬間でした。

プレイン・イングリッシュは「速く」「効率的で」「理解しやすい」簡潔な英語伝達法です。読者、聞き手に効果的に情報を伝達し、「次のアクションへつなげてもらう」というニーズに応えるコミュニケーション手段です。

日本語は相手への敬意や丁寧さを重んじる気持ちから、受け身の表現やダイレクトなものの言い方を避けた婉曲的な表現を多用することが特徴です。また、背景や経緯、理由を重視し「起承転結」の文章スタイルをとり、重要情報(結論)が最後まで述べられません。

逆に英語は重要情報(結論)を最初に述べ、あとに補足していくという伝達のスタイルです。日本語の文章をそのまま英語に翻訳すると、冗長的表現となり、伝えたいことがぼんやりしてしまうため、日本語をそのまま忠実に翻訳することには無理があります。

それ以降、アメリカ人翻訳者らとタッグを組み、多くのドキュメントをプレイン・イングリッシュで翻訳する機会をいただき、10年にわたりそのノウハウを蓄積してきました。
プレイン・イングリッシュへの翻訳作業により私が学んだことは、グローバル化において、コミュニケーションがいかに重要であるかということでした。グローバル化を成功させる最初の一歩は、円滑なコミュニケーションです。プレイン・イングリッシュを使い続けている前述の自動車メーカーは、世界トップクラスのカーメーカーとして現在も世界各国で業界を牽引しています。翻訳会社の使命は単なる言葉の置き換えでなく、お客様が翻訳後のドキュメント(情報)を手に海外の相手と有利にビジネスを進め、成功するためにアシストすることという想いを日々新たにしています。

プレイン・イングリッシュの歴史をひも解くと、イギリスの大蔵省より公共サービスの向上のため依頼を受けた、ひとりの上級官僚アーネスト・ガワーズによって、1948年に「容易かつ正確に、言いたいことを読み手に把握させること」の手引書が開発され、政府の公文書の読みやすさの改革を進めたことがその端緒となりました。アメリカ政府も同時期にイギリスに追随し、「費用対効果」(cost- effective)と「政府の公文書のわかりやすさ」を推進することで、ひとりでも多くの国民が規制を遵守し、そのパフォーマンスの向上を目指すために、大統領令が発令されました。

現在では、両国の機関が平易な言語を義務化する長期的な政策をとっており、たとえばアメリカ証券取引委員会(SEC)は、1998年に企業に対して財務報告書をプレイン・イングリッシュで記述することを求め、ガイドラインを発行しました。そして現在では、新聞、雑誌など一般的に使用されています。
プレイン・イングリッシュでは、読者の読解力や文章の目的を明確にしてから文章を書き始めます。いかに効果的に理解してもらうか、いかに文章の目的(たとえば行動を促すなど)を確実に達成するかを考えながら、単語の難易度を吟味し、文の長さや論理構成に注意を払います。
文章の作成後、プレイン・イングリッシュのガイドラインに即した記述で書かれているかを数値指標で判定しながら、その数値指標が目標値に達するまで校正を繰り返します。JPELC(Japan Plain English & Language Consortium)のウェブサイトでもこの判定ツールを日本語化し公開しています。数値判定と診断ツールについては、本書の中で解説しています。このツールを繰り返し使いながら英文を書くことにより、どう修正すればプレイン・イングリッシュになるか、というコツもつかめるようになります。

また、プレイン・イングリッシュを書くためのルールを習得された多くの方は、それらが英語の文章だけでなく日本語の文章を書くうえでも有効であることに気づかれるはずです。プレイン・イングリッシュのルールに則して書かれた日本語の文章(プレイン・ジャパニーズ)は、簡潔で理解しやすいものになります。また、翻訳しやすい文章となっていますので、性能向上の著しい翻訳ツールを併せて使うことにより、英文作成の大幅な能率向上が期待できます。
本書をお読みいただき、ひとりでも多くの方にプレイン・イングリッシュをご理解いただき、ビジネスの現場でのスピーディーなコミュニケーションに活かしていただきたいと思います。

2020年3月
浅井満知子

目次

はじめに

COLUMN① プレイン・イングリッシュは最強のコミュニケーションツール

第1章 世界で認められるプレイン・イングリッシュ
プレイン・イングリッシュって平易な英語?
アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアで採用
COLUMN② 法律用語をきっかけに世界中の言語の平易化・標準化が進行中
プレイン・イングリッシュは赤ちゃん英語ではない
COLUMN③ 結論は先に、表現はストレートに 「持ち帰って検討します」は禁句
歴代大統領は「中学2年生」、トランプ大統領は「小学4~5年生」のレベル
アメリカの小学4年生レベルでも上手なスピーチができる
広告コピーに学ぶ、簡潔で平易な言葉の大切さ
COLUMN④ 日本の生徒の読解力を高める
簡潔で平易なプレイン・イングリッシュをいかにつくるか

第2章 伝わりやすい英語を話す・書くために
「プレイン・ジャパニーズ」簡潔な日本語の大切さ
大切なことから、シンプル、ダイレクトに伝える
「読みやすさのレベル」を理解する

第3章 10のガイドライン
ガイドライン0 情報の整理
COLUMN⑤ グローバルでは話の組み立て方がカギに
ガイドライン1 対象読者を想定する
ガイドライン2 重要な情報は文書の先頭に置く
COLUMN⑥ 聞き取れなかったときは「more slowly」ではなく「in plain English」
ガイドライン3 長文より短文を用いる――17~20ワードが読みやすい
COLUMN⑦ 謙遜も遠慮も不要 「できない」「無理」もはっきり伝える
ガイドライン4 短く、シンプルな単語を使う
ガイドライン5 専門用語は必要最小限に抑える
ガイドライン6 能動態を使う日本語を忠実に英作文すると受動態になる
COLUMN⑧ 精密な英語力は国際会議と契約書で培われた
ガイドライン7 強い動詞を使う――「強い動詞」と「弱い動詞」
ガイドライン8 否定/二重否定を避ける
ガイドライン9 主語・動詞・目的語は近づける
ガイドライン10 読みやすいデザインにする

第4章 プレイン・イングリッシュで話す
プレイン・イングリッシュで会話する
サンデル、ジョブズに学ぶスピーチとプレゼンの極意
COLUMN⑨ 日本語特有のクセから脱却すれば、英語でのコミュニケーションが円滑に

第5章 日本語をプレインにすれば英語はプレインになる
あなたの英語はなぜ伝わらないのか?―なぜ英語が途中で詰まり、思考が止まるのか
発信者の覚悟「相手が求めていることに応える」
COLUMN⑩ ビジネスでは「美しい」ではなく「伝わる」英語が大事
難解な言葉や文を使うことが賢さの証ではない
知っておくと役立つその他のヒント
COLUMN⑪ プレインな表現が向かない場面も複雑さが好まれる「交渉」の世界

資料
読みやすさの指標について
Wordでプレイン・イングリッシュのチェックができる
単語の書き換えリスト 基本英単語について

おわりに なぜ Plain English & Language なのか?
参考文献

【COLUMN①】 プレイン・イングリッシュは最強のコミュニケーションツール
Andrew Silberman(アンドリュー・シルバーマン)
AMT Group, K.K. President & Chief Enthusiast
慶應義塾大学客員教授

曖昧な日本語、直接的な英語
日本語は、文を最後まで読まないと意味がわからず、冗長な表現が多く、ハイ・コンテクストな言語です。しかし、ビジネスでは明確さが重要です。また、世界各国からさまざまな人が集まるグローバルな環境では、沈黙の意味を推し量るように求めることは現実的ではありません。
日本人は思慮深く、相手を重んじ礼を尽くす文化ですので、直接的すぎるくらいで問題ありません。また、自分を礼儀正しく見せるための行動と、真に礼儀正しい行動とは異なるということも考えてみてください。本当の礼儀とは、相手に確実に理解してもらうための表現方法を使うことではないでしょうか。

PREP
ビジネスにおいて話の内容を的確に表現することは必須です。的確な表現を用いてはじめてオーディエンスがあなたの意図や目的、感情を理解することができます。このようなコミュニケーションを実現させるのがPREPモデルです。Pが話の要点(Point)、Rが理由
(Reason)、Eが短い例(Example)、Pが話の要点(Point)を意味しています。まずは要点を伝えた後、なぜそのように考えるのか
理由を説明し、短い例を示した後、改めて要点を繰り返すことで効果的なコミュニケーションが行えます。しかし日本では前置きが長く、なかなか結論に至りません。さもすると結論のないまま終わってしまうことも多く見受けられます。グローバルにビジネスを行う
うえで、ぜひPREPを心がけてみてください。

YES BUTからYES ANDに
曖昧で話者の意図が伝わりにくい表現に「YES BUT」があります。たとえば、「私は賛成なのですが、会社が反対しています」というのは曖昧な表現です。YES ANDを使った効果的な表現に変えるとより的確に意図を伝えることができます。「私は賛成です。会社には○○という決まりがあるのですが、どのようにしたらあなたのアイデアを導入できると思いますか?」とすると、あなたが賛成していることがより明確になります。
また、BUTを使わずに肯定的な表現を積み重ねることで、ポジティブで前向きな姿勢を持っていることを示すことができます。実は私は最初からプレイン・イングリッシュの価値を理解していたわけではありません。17、18歳になるまでは、難しいボキャブラリーを使うことで、自分の知性を示すことができると思っていました。「生徒が学ぶ準備ができた際に、師は現れる」という表現がありますが、高校3年生のときの国語の先生に出会ったことで明確・明快な英語ライティングに目覚めることができました。的確なビジネスコミュニケーションを行うために「プレイン・イングリッシュに勝るツールはない」と信じています。

プロフィール
Andrew Silberman(アンドリュー・シルバーマン)
「グローバルに考える人間を育てる」をモットーに1992年に創設されたAdvanced Management Training Group, K.K.の共同創設者。イリノイ州シカゴ出身。U.C.バークレー大学で産業社会における政治経済学を専攻。1984年卒業(BA)。1988年、モントレー国際大学院でMBAを取得。東京在住。妻とふたりの子供と暮らす。

第1章
世界で認められる プレイン・イングリッシュ

プレイン・イングリッシュって
平易な英語?
プレイン・イングリッシュは「速く」「効率的で」「理解しやすい」簡潔な英語伝達法です。読者、もしくは、聞き手に効果的に情報を伝達し、「次のアクションへつなげてもらう」というニーズに応えるコミュニケーション手段です。
また、誤解を招かないよう「誰が読んでも同じ解釈になる」ことを目的にイギリス政府により開発され、時代とともにアメリカやカナダ、オーストラリアなど他の国の政府機関、公的機関でそれぞれ改良・工夫がなされてきました。プレイン・イングリッシュの定義は以下のようになります。

visually inviting まず読んでみようと視覚的に思わせるように
logically organized 読者の必要な情報が論理的にわかりやすく整理されている
understandable on the first reading 一読して理解できる
in plain English 一般的に使用する平易な言葉で表現されている