外国語を話せるようになるしくみ シャドーイングが言語習得を促進するメカニズム

科学的にやれば誰でも話せる!

本書は、外国語を話せるようになる仕組みを科学的に解説し、シャドーイングの有効性と効果的な実践方法を紹介している本です。外国語を話せない理由を先に示し、その後、シャドーイングのインプット効果とアウトプットの効果が説明されています。シャドーイングが様々な本で勧められている理由が分かります。

「シャドーイング」は、外国語習得における重要な4つの要素を踏まえた上で効果的な学習法ですので、本書を用いて理論を理解し、実践していくことでスピーキング力が確実にアップするでしょう!

はじめに

仕事で、プライベートで、また海外でも日本国内でも、必要な ときに英語がよどみなく口をついて出てくる。これを夢見ている 人は多いと思います。しかし現実には、英語など外国語の習得は、 私たち多くの日本人にとって、これまでずっと、克服困難な積年 の課題です。
ことばの習得をめぐる、隣接諸科学、たとえば言語学、音声学、 認知心理学、認知科学、脳神経科学の発展には目を見張るものが あります。また、英語など外国語の学習についての第二言語習得 研究も、特にここ十数年の間にめざましい進歩を遂げ、世界的に 数々の研究成果が出されています。ことばの習得について、これらの領域の成果を集約したのが、本書で提案している「インプッ ト処理」「プラクティス」「アウトプット産出」「モニタリング」の4 つのポイントです。

他方、インプット音声をひたすら復唱するシャドーイングは、通 訳、特に同時通訳のトレーニングとして、一部の学校や関係者に より、熱心に実践されてきました。それが、近年さまざまなトレー ニング本が刊行されるようになり、一般に広く注目されるように なりました。最近では、さまざまな大学、高等学校、各種スクール の英語クラスで実践されるようになっています。

しかし、実のところ、シャドーイングが、英語など外国語の習 得に効果があることを、学習者向けに、きちんと科学した (科学 的に明らかにした) 書籍はこれまでまったく見当たりません。

本書は、外国語習得の上記4つのポイントのそれぞれに、シャ ドーイングが極めて効果的であることを、科学的な研究成果 (実 証データ)をもとに示しています。そして可能な限り、外国語を 話せるようになるしくみを明らかにしています。

以上のような科学的データにもとづいた、シャドーイングによる 学習法は、ほとんど「王道」と言って差し支えないでしょう。この 学習方法を実践することで、実は誰にでも、英語、その他の外国 語をすらすらと話せるようになりたいという夢は、実現できると 考えます。本書が、みなさんの夢の実現になんらかのかたちで資 するものであれば、著者としてこの上ない喜びです。

最後に、SBクリエイティブ科学書籍編集部の品田洋介さんと 風工舎の川月現大さんには、当初の企画の段階から原稿提出を 経て、最終校正まで多大なご尽力をいただきました。ここに改め て厚くお礼申し上げます。
2018年5月

CONTENTS

序章 なぜわたしたちは外国語をうまく話せないのか?
1 外国語をマスターするのはなぜ難しい? …
2 コミュニケーション能力とは?:文法能力から心理言語学能力まで
3 インプット処理
4 アウトプット産出
5 プラクティスの必要性:インプットと アウトプットはすぐにつながるのか
6 メタ認知的モニタリング
7 外国語習得を成功に導く4本の柱:IPOM …

第1章 まず必要なインプット処理
1 第二言語習得の基本問題
2 多読・多聴とグレイデッドリーダーおよびレベル別リーダーの活用
3 リスニングのメカニズム:概要
4 シャドーイングのインプット効果 …………

第2章 「知っている」から「使える」へ変えるプラクティス
1はじめに
2 3段階記憶からワーキングメモリへ: 記憶モデル
3顕在記憶から潜在記憶への変貌:プラクティスがポイント
4 シャドーイングのプラクティス効果 ..
5 プラクティスとしての多聴・多読 ..

第3章 スピーキングに必要なプロセス
1 音声英語の特徴
2 言い間違い (スピーチエラー).
3 スピーキングの認知モデル
4 流暢なスピーキングを実現するしくみ …

第4章 シャドーイングによるアウトプット産出への効果
1 復唱のルート: -伝導失語をベースにしたモデル
2 シャドーイングのアウトプット効果:音声化段階
3 シャドーイングのアウトプット効果:言語化段階

第5章 外国語学習に必須のモニタリング能力
1 はじめに:メタ認知とは?
2 メタ認知にはどのようなものがあるか:知識・モニタリング・コントロール
3 メタ認知と前頭連合野 … ….
4実行機能と前頭連合野 ..
5 バイリンガルの言語能力と実行機能:モノリンガル vs. バイリンガル …
6 シャドーイング学習法の副産物:前頭連合野の一部活性化
7 実行機能を鍛える第二言語の学習

第6章 シャドーイングの効果的な実践方法.
1 シャドーイングの学習ステップ .
2 シャドーイング学習の留意点, … …
3 シャドーイング学習素材の選び方 ..
4 シャドーイング音声の自己評価法 …………

終章 100万語シャドーイングのすすめ
1 本書のまとめ …
2 100万語シャドーイングのすすめ
3 最後に ………..

参考文献
索引 …

序章
なぜわたしたちは 外国語をうまく話せないのか

1 外国語をマスターするのはなぜ難しい?
これまで外国語、特に英語については、中学・高校と6年間勉 強してきたのに、人によってはさらに大学で2年間勉強したのに、 英語話者の人とまったくコミュニケーションを取れなかった。あ るいは、仕事でも役立たなかったという経験をお持ちの方は多い と思います。
しかし、私たちは実際に何時間勉強してきたのでしょうか? 効 果的な英語学習方法について考える前に、まず知っておきたい 数字として、鈴木寿一氏は「35,040 vs. 3,065」という数字を示し ています1。

最初の数字「35,040」は母語 (→ Column) をほぼ習得してしまう までに要する、おおよその時間を表しています。言葉に接する時 間が1日8時間だと1年では、365日を掛けて2,920時間になります。 それを小学校卒業くらいまで続けると、2,920時間 × 12年で、合計35,040時間、母語に接していることになります。
これに対し、3,065という数字は中学校から高校卒業までに日 本人が英語 (外国語) に接する時間 (概算) です。中学校では50 分授業を週4回受けるとして、これを1年間35週として、3年間の 合計を計算すると、中学校では授業時間は350時間になります。

また、高等学校で50分の英語の授業を週6回受けるとして(週 5時間)、1年間35週で、3年間の合計を出すと、525時間になりま す。それに家庭学習を、毎日1時間、1年間365日行い(こんな人 はほとんどいませんが…)、これを中高6年間休まず続けると、計 2,190時間になります。

そうすると、外国語としての英語の学習時間は、多く見積もっ ても、中学・高校を通して350時間 + 525時間 + 2,190時間で、合 計3,065時間という数字が求まります。今後は小学校5年生から英語が教科として入ってきますが、それでも母語を習得するとき と比べて英語には10分の1以下の時間しか接していないことに なります。このように母語習得と外国語学習では、対象とする言 語に接する時間に大きな開きがあります。

Column
母国語、母語、第一言語
私たちが生まれて初めて接する言語のことを母国語と呼びます。 私たち日本人の場合は「日本語」です。アメリカで生まれ育った人 の場合は「英語」になります。しかし、最近では「母国語」ではなく、 母語あるいは第一言語と言うことが多くなりました。日本国内にも、 日本語以外の朝鮮語 (韓国語)や、アイヌ語、琉球諸語を最初に習 得する人たちもいます。

また、スイスでは、ドイツ語、フランス語、 イタリア語、さらにはロマンシュ語という4言語が公用語です。し かし、生まれたときから日本在住の韓国人やスイス生まれのフラン ス人にとって、日本語やドイツ語は自分の育った国で話されてい る言語、すなわち「母国語」ですが、最初に接する言語ではありま せん。この最初に接して最初に習得してしまう言語を「母語」ある いは「第一言語」と呼んでいます。

さらに母語の習得では、外国語学習と異なり、言葉をすでに知 っている別の言語に訳したりはしません。学習対象の言語を常に 見たり聞いたりしています。これに対して、日本の英語学習の現 場では、学校の授業中や家庭学習でも、英語にあまり接しないで ひたすら日本語訳を作ったり、意味内容を日本語訳で理解したり することがあります。厳密には、この時間は英語だけに接してい るわけではないので、そのような時間を差し引く必要があります。 そうすると、母語習得と外国語学習との接触時間の差はさらに拡 大してしまいます。

これまで見てきた理由以外にも、英語をコミュニケーションで なかなか使えるようにならない理由があります。それは、コミュ ニケーションにおいては「多重処理」という現象が当然のように みられることです。つまり、コミュニケーションにおいては、さま ざまな処理プロセスが同時並行的に進行しているのです。

現在に至るまで、中学校や高等学校の英語学習の目的はコミ ュニケーション能力の育成にあります。文部科学省が定めている 学習指導要領では、一貫して「外国語によるコミュニケーション における見方・考え方を働かせて、『聞く、読む、話す、書く』の 言語活動を通じて、コミュニケーションを図る資質・能力の育成」 を目標に掲げています。また、2011年から始まった小学校英語活 動も、2020年からスタートする教科としての英語でも、「外国語 によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせて、コ ミュニケーションの基礎となる資質・能力の育成」を掲げています。いずれも、コミュニケーション能力を育成することは一貫しています2。

現在、多くの日本人が、実際に英語を話したい、コミュニケー ションがしたいと願い、それがとても重要であると考えています。 「世界のさまざまな人と話をしたい。そして一緒に考えたり、仕 事をしたい」「今日のグローバル社会では、日本がアジア、欧米 など他の国々とは別に、独自の道を歩むなんてことはできない」 「憲法の改正をしない限り、紛争解決の手段として武力の行使は 放棄している以上、言葉によるコミュニケーションは自国を守る のに必須だ」などといった具合です。

普段私たちは、このコミュニケーションという行為が、一体どのように進んでいるのか、その中身がどのようなものかをほとん ど意識することはありません。それでも、家庭で、学校で、仕事 先で、電車・バスの中で、さらには飲み会や、趣味の会など、さ まざまな場面や状況の中で、母語(日本語) によるコミュニケーシ ョンを実行しています。

「理解・概念化・発話」の3重処理
しかし、ここで立ち止まってちょっと考えてみてください。す ると、はたと気づくことがあるはずです。それは、このコミュニケ ーションにおいては、さまざまな処理プロセスが、同時並行的に 進行していることです。そして、それが日常的で当たり前だとい うことです。 一例を挙げましょう。友だち同士の会話です3。
A:今度の土曜日に友だちの家でパーティをやるよ。
B: ごめん、その日はすでに妻と食事に行く約束をしているんだ。

この短いやりとりにおいても、複数のプロセス (処理) がほぼ同 時進行で生じています。プロセスをどの程度細かく分割するかに よって変わりますが、少なくとも次の3つのプロセスがほぼ同時 進行で生じています。

1 話し相手の発話を聞いてその発話の文字どおりの意味を理解し、その上でその発話の意図を解釈する(理解)
このためには、相手の発話した音声を知覚して、その上でその 発話の意味を把握しなければいけません。さらに、聞き取った相 手の発話を知覚し、その発音を認識するだけでなく、どの単語が 主語でどの単語が目的語であるかといった文の文法構造も把握 しなければなりません。「のどがかわいたね」という発話であれ ば、文字どおりの意味だけでなく、実際には相手は自分を誘って 飲み物を飲もうよという発話の意図を理解することが求められます。

2理解した発話の意味や相手の意図をもとに、どのように反応(返事)をするか考える(概念化)
たとえば、断る場合を考えてみましょう。この場合は、直截に 言う、やや遠回しに間接的に言うなど、どう反応するとこの相手 には適切であるかを思いめぐらすことが必要です。場合によって は、はっきりとNOが言えない人もいるかもしれません。このよう にして発話するメッセージの内容を決定することを概念化と呼び ます。

3言うべき内容(メッセージ)が決まったら、それを言語化して、発音して産出(アウトプット)する(発話)
このとき、どのような単語や構文(文法構造)を使うかといった ことを決定し、瞬時に発音する必要があります。発音をスピード アップして速く言うか、ゆっくりと話すかによっても、相手に与え る印象は変わってきます。

上の友だち同士の会話は日本語での例ですが、英語でも基本 は同じです。
A: We have a party at my friend’s house next Saturday
B: Sorry, on that day I have plans to go out for dinner with
my wife.
私たちは母語を使っているときは、日常的に上記の3つのプロ セスをほとんど意識せずにこなしています。

図0-1 コミュニケーションにおける「理解・概念化・発話」の3重処理のイメージ4
私たち日本人の場合を考えると、母語(日本語)でのコミュニ ケーションでは、2の概念化のプロセスは別にしても、「理解と 1発話はほぼ自動的に反応できます。したがって、3つのプロセ スの同時進行といっても、母語では意味内容に関わるのだけに 意識を集中していればそれで十分です。Oや日であれこれと思 いをめぐらす必要はありません。

しかしこれが外国語 (英語)でのコミュニケーションであれば 事情は一変します。ある程度、聞いて理解するリスニングなら 少々速い速度でもついていける、スピーキングでも自身のペース でゆっくり発話するだけなら問題ないレベルの人でも大変です。 理解(リスニング)、発話 (スピーキング)といった単体の処理な らできても、瞬時に3重のタスクを同時進行させなければならな いコミュニケーションでは、すぐに立ち往生することになります。 ましてや、熟慮を要するような内容について返答しなければなら ないときは、もう太刀打ちできずお手上げ状態になってしまいます。

実は、英語(外国語) がかなり堪能だという人でも、英語での コミュニケーションをリアルタイムで行っている場合、上記のよう な状況は経験済みではないかと思います。とりわけ、英語にあま り自信のない人の場合、簡単な会話でも、容易にこのような状況 に陥ることが予想できます。
私たち日本人が、外国語 (英語)のコミュニケーション能力を 身につけるのがなぜ困難なのかについて、その主な理由として次 の2点を挙げて説明しました。

1 接する時間(=学習時間) の差違
2 コミュニケーションの同時並行処理

これ以外にも、しばしば挙げられるのが、
3 母語 (日本語) と学習対象言語 (英語) の言語距離
の問題です。言語距離ももちろん重要な理由です5。たとえば、オ ランダ語と英語であれば、単語や、発音・文法などがさまざまな 面で似ていて、言語的に距離が近いと言えますが、日本語と英 語ではそうではありません。
さらに、ほかの理由も色々と指摘されています6。ただ、特に1 2は今後の学習法を考え直すことで、大幅な改善が見込めます。 また、3は私たち日本人にとっては克服不可能な理由ですが、見 方を変えれば、実は、異質の言語に触れることは大脳の活性化 を招き、認知症の発症を遅らせるといった恩恵を得られるメリッ トもあるのです7。

2 コミュニケーション能力とは?: | 文法能力から心理言語学能力まで
では、このような「多重処理がこなせるコミュニケーション能 力」を習得するには何が必要なのでしょうか。かねてより筆者は、 コミュニケーション能力を構成する極めて重要な要因として、「心 理言語学的能力」を提案しています。

一般に、これまで次の4つがコミュニケーションに必要な能力 だと考えられてきました。
1 文法能力:文法知識にもとづいて、正しく文を理解し、正しい文を産出する能力。
2 社会言語学的能力:状況や文脈に合致した言葉を使用する能力。
3 談話能力:一貫した文章 (テキスト)を生み出すための、指示詞 (代名詞)、言い換え、省略などを駆使できる能力。
4 方略的能力:たとえば、適切な単語が思い出せないときに、それに何とか対処するために、言い換え、繰り返しなどのストラ テジー (方略)を使ってその場を切り抜ける能力。
筆者は以上の1~4に加えて、次の5心理言語学的能力を含 めることが必要だと強調してきました。
5 心理言語学的能力 (psycholinguistic competence) : コミュニケーションに支障をきたさないための認知的な流暢性を 伴った処理能力。

5の説明で述べている「流暢性」については、一定の時間内(最 大限1秒以内、通常は400~ 500ミリ秒程度) に素早く (fast)、し かも安定して (stable) 反応する、自動化した処理を行う能力だ と規定しています。
この心理言語学的能力の獲得は、語彙や文法の知識が豊富で、 読解力や英語作文力をある程度身につけ、学校で英語が得意だ と言われ、また思ってきた人でも、なかなか達成できていない能 力です。このような能力はいかにして獲得できるようになるので しょうか。
この心理言語学的能力の獲得のために、本書が提案するのは、 次の4つのポイントです。
● インプット処理
● プラクティス
● アウトプット産出
● モニタリング
この4つの能力を獲得するときに、特に効果が高い学習法が、 インプット音声をひたすら復唱するシャドーイング (shadowing) の練習です。本書では、上記の4つのそれぞれを、「シャドーイン グの」インプット効果、プラクティス効果、アウトプット効果、モ ニタリング効果と呼ぶことにします。
本題である「シャドーイングの4大効果」について解説する前 に、上記の4つについて簡単に概観しておきましょう。まずは、イ ンプット処理とアウトプット産出から見ていきます。

3 インプット処理
皆さんは、クラッシェン (S. Krashen) という外国語教育学者の 名前を聞かれたことがあるでしょうか。クラッシェンは、現在の 学習者の学力レベルを仮に「i」とすると、必要な言語インプット (学習教材)は、「i+1」という、それよりも若干上回るレベルの 「理解できるインプット」が最適であるという「インプット仮説 (理 論)」を提唱しました9。
インプット仮説では、私たちの頭の中の脳内学習システムが外 国語習得に向けてうまく働くためには、語彙・文法などの未知の 言語形式がごく少量だけ含まれてはいるものの、それらの意味内 容はほかの言語情報から明らかに推測が可能な「i+1」というイ ンプットのレベルがよいとしています。そして、そのレベルを厳密 に統制することが必須で、そのようなインプットをどれだけ大量 に摂取できるかが外国語習得の最重要ポイントであると指摘しま した。大量インプットが保証されれば、それだけで言語習得は達 成できる、すなわち、大量インプットこそが外国語習得の「必要 条件」であり、同時に「十分条件」であると仮定したのです10。
しばしば、巷でも、英語などの外国語をマスターしたいのなら、 その言語が話されている国 (英語の場合はアメリカ、イギリスな ど)に留学したり、滞在したりするのが最もよいと言われますね。 この意味は、実はそうすることで、一般に多量の言語インプット に遭遇するチャンスがあるというのが、このインプット仮説が示 唆するものです。
また、最近さかんに取り沙汰されている「多読」や「多聴」の 学習法もほぼ同じような考え方です。外国語の習得に不可欠な インプットとしておおよそ100万語程度が対象言語の文法を操り、 文の理解や生成を自動的に行うための大前提だと述べ、自らの レベルにあった大量のインプットを言語学習システムに提供する ことが絶対的条件であるという考え方をしています。
外国語 (英語) 学習を成功に導く第1のポイントは、いかにし て「インプット不足」を解消して、大量のかつ適切なレベルのイ ンプットを処理できるような状況を用意するかという点です。

4 アウトプット産出
クラッシェンのインプット仮説(「インプット理論」とも呼ばれ ます)に対して、スウェイン(Swain) という言語教育学者は、カ ナダでの英語・フランス語バイリンガルプログラムの指導経験を もとに、次のような「アウトプット仮説 (理論)」を提唱しました。
ご存じのとおり、カナダでは英語・フランス語という2言語を 公用語として併用しています。そこでは、バイリンガル教育の一 部として、子供のときから母語とは違う第二言語で科目を教える イマージョン・プログラムが実践されてきました。スウェインは、 このプログラムの学習者は豊富な第二言語インプットが与えられても、実際にスピーキングなどのアウトプットの機会がないと、 意味がわかるようにはなっても、正確に文法を操作する能力は身 につかないと指摘しました。そして、学習者がスピーキングなど アウトプット活動の機会を十分に持つことが第二言語 (外国語) を正確に使い、流暢性や自動性を身につけるのに必須であると 主張したのです11。
この考え方が、アウトプット仮説と呼ばれるものです。この仮 説 (理論) を先にお話ししたインプット仮説 (理論) とともに提示 すると図0-2 のようになります。
図0-2 の中にある「学習システム」とは、私たち誰もが頭の中 に持っている、外界からの情報を取り込んで知識として記憶・学 習するしくみです。インプット仮説が、この学習システムに理解 可能なi+1のインプットを大量に提供するだけで、その言語の 能力が身につくと仮定しているのに対し、アウトプット仮説は、 インプットの理解にアウトプット活動をプラスすることが必須だ と考えている点が異なります。

図0-2 インプット仮説(理論)とアウトプット仮説(理論)のイメージ12
この仮説によれば、アウトプット活動によって特に次のような 効果があると言われています。
● 自分の現在の言語能力で理解できることと、理解できるけれど表現できないこととのギャップに気づく。
●アウトプットすることで、話し相手(聞き手)の側からの反応 (フィードバック)を受けることができる。
● アウトプットすることによって、文法など言語の形式的特徴について意識的に考えることができる。
●外国語の文法などの言語形式に着目するようになり、理解す る能力もさらに伸びる。
皆さんはどう思われますか? 外国語 (英語) 学習成功の第2の ポイントは、実際に話すための、アウトプットのための、言語知識 (語彙、表現、文法など)をどれだけ蓄えて、それらを自動的に使 用できる流暢性を備えることができるかという点です。

5 プラクティスの必要性:インプットと アウトプットはすぐにつながるのか
これまで見てきたインプット仮説とアウトプット仮説の2つが、 第二言語習得研究の観点から唱えられてきた代表的な理論です。
ただ、これら以外に「インタラクション」もあります13。これは、 日本語では、「相互作用」「相互交流」 仮説などと訳されます。言 語インプットの理解を深め、第二言語 (外国語) 習得をさらに進 めるのは、学習者同士の交流(インタラクション)だという考え方 です。
A: You should’n’ve eaten so much ice cream.
(アイスクリームを食べ過ぎてはいけなかったよ。)
B: Sorry?
(えー?)
A: You should not have eaten so much ice cream.
(アイスクリームを食べ過ぎてはいけないよ。)
たとえば上記のようなインタラクションで、BはAの発話が少 しおかしいと感じたので、聞き返しています。そして、修正され た発話が行われています。簡単な例ですが、要はこの種のインタ ラクションを通して、学習者Aが把握していた独自の第二言語の ルール (文法規則など) が正確であるかどうかチェックされ、第二 言語の習得が促進されるというのです。
ただし、このインタラクション仮説は、あくまでもインプット仮 説やアウトプット仮説が前提になっています。上の例のようなイ ンタラクションは、インプット処理がほぼできるようになり、さら にアウトプット産出が一定レベルに達して初めて可能になります。 修正の対象となる、一定のレベルのアウトプット能力がその前提 になっているのは間違いありません。要は、リスニング能力と一 定のスピーキング能力が前提となっています。このような難点が あるため、理解できるインプットを大量に受けるだけでは、イン タラクションの前提となるようなアウトプット能力が身につくとは 考えられないというのが筆者の考えです。
本書では、インプット処理と、インタラクションを含むアウトプ ット産出をつなぐ、プラクティス (practice: 反復練習) が重要で あることを強調したいと思います。特に日本人学習者は、学習対 象の外国語 (英語) が日常的に使われる環境ではなく、さらに英語とは言語距離も極めて大きい言語(日本語) を母語にしていま す。このような条件下で英語を学ぶ場合には、特にこのプラクテ ィスを十分に行うことが重要です。プラクティスは、理解した素 材を、アウトプットにつなぐいわば「リハーサル (予行演習)」の 役割を果たしてくれます。言い換えると、外国語 (英語) を「知っ ていること」から「使えること」に変貌させるために不可欠な学 習です。

たとえば、皆さんがゴルフをはじめたとします。その際に、ゴ ルフの解説本を読んだり、ビデオ (DVD) を見たり、まわりの人 のスイングを見たりして、どのようにゴルフボールを打てばよい か理解したとします。その段階でいきなり、ゴルフ場に出て、フ ルコースやハーフコースをまわることがあるでしょうか? 少なく とも、自身のスイングを鏡で見て、何度も素振りを繰り返します よね。コースに出る直前には、練習場(打ちっ放し)で打ってか らコースに出ますよね。そうしないといきなり実践 (本番) はきついものです。

これは何もゴルフに限ったことではありません。野球でも普段 からバットで素振りをしたり、ティーバッティングをしたりします。 また、試合でバッターボックスに入る前には、ほぼすべての打者 が素振りをします。発話(スピーキング)の場合もそうです。講演 会などで多くの人のいるところで、講師に対して質問をする場合 を想像してみてください。どういう質問をするかその内容が決ま っても、事前に小さな声に出して、あるいは頭の中で言ってみる ことはよくやりますね。そうして、大丈夫だと確信してから手を 挙げて質問します。これは英語(外国語)でなくても、母語でも、 筆者などはいつもやっています。リハーサルをしないと、あがっ てしまってうまく質問できるかどうか不安になるからです。

日本語と英語の言語距離の大きさや、英語が身のまわりで日 常的に話されていない「外国語学習環境」では、英語のインプッ トを継続的に受けるだけでは、インタラクションが可能なレベル のアウトプット(スピーキング) 能力がつくとは考えにくいことが わかると思います。そうすると、インプットをアウトプットにつな ぐリハーサルであるプラクティスを十分に積むこと、すなわち繰 り返し練習(反復プライミング)が、英語のアウトプットにもとづ くインタラクションが効果を発揮する前に必須なのです。

以上お話しした、プラクティスこそが、コミュニケーション活 動における「理解」と「産出」の溝を埋め、それらの技能の自動 性を高めて円滑に実行する「心理言語学的能力」を身につけるた めの最重要ポイントです。これが、外国語 (英語) 習得成功の第 3のポイントです。

6 メタ認知的モニタリング
以上の3つのポイント以外に、実はもうひとつあります。それが 「メタ認知的モニタリング」、略して「モニタリング」です。
皆さんは、メタ認知と聞くと、まず「メタ」なんて言葉は聞い たこともない、どんな意味なのかと思われるかもしれません。多 くの電子辞書に搭載されているジーニアス英和辞典で「meta」を 引くと、次のような訳語が載っています。
【meta】
1 …の後ろの;…を超越した;…より高度な;すべての…
2 場所・状態の変化
3 …の間の
4 [化] メタ… 《メタ位の;[略]m-》.
ただ、これらの訳語のうち、どれが求める意味であるか、もう ひとつよくわかりません。そこで次に、ウェブスター英英辞典を 引くと、意外に簡単に「1 : change 2: more than : beyond」とい う英語での言い換えが出てきます。そうすると、ウェブスター英 英辞典の2番目の意味が当てはまりそうだと想像できるのではな いでしょうか。
そうです。「メタ」とは、「より高度な・上位の、超越した」とい う意味で、「メタ認知」とは、「認知を超越したより上位の認知」 といった意味になります。言い換えると、「自分の行動・考え方 などを、第三者的に把握しようとするさらに上位の認知システム」 ということになります。本書の目的である第二言語 (外国語)の習得との関連で言うと、「第二言語の処理や学習をしている自分自 身の認知の状態を客観的な、第三者的な眼から見て認識する活 動」ということになります。

メタ認知能力の重要性
いかがでしょうか。何となくピンとこられたでしょうか。このよ うなメタ認知能力は非常に大切で、私たちが英語など外国語で 意味を理解したり、習得したりする際になくてはならない能力で す。どういうことか、一例を挙げましょう。すでに説明した、多重 (3重) の処理が求められるコミュニケーションのケースです。
あらかじめ準備した内容を英語でスピーチすることはできても、 3~4人の英語母語話者との何気ない普段のやりとり(会話) につ いていけないという日本人学習者は多いと思います。話題になっ ているトピックはほぼ理解できているし、それについて自分がど のように考えるか、自身の意見も持っているとします。それでも、 なかなかやりとりに加われない、別に気後れしているわけでもな いのに、発話するタイミングがつかめない。いきおいそんな努力 は放棄してしまい、やがてひたすら聞き役にまわってしまう、そ んな経験は多くの人が共通して持っているのではないでしょうか。
この状況を克服しようとするとき、このメタ認知能力が重要に なってきます。まずは会話術や会話相手に関する知識を活用す ることです。そして、いかにして会話に入っていくか考えます。
今話している相手に視線を合わせる(よそ見していると会話す る意志はないとみなされます)、相手の話を聞いているよというこ とを示すためにあいづちを入れる (例:Oh, really? That’s so funny. など)、これから自身の意見を言うよというきっかけとなるような 言葉を言う (例:I agree with you on this point but….など)などといった、英語コミュニケーション関連の本で得た情報や、これま での自身のコミュニケーション体験などから得たコミュニケーシ ョンに関する知識(「メタ認知的知識」) を検索します。
話をしている相手の人についてのメタ認知的知識も重要です。 話している相手がいかなる立場の人でどのような性格の人か、 会話に参加している他のメンバーとの人間関係は緊密かどうか、 その中で自身はこれまでどのように思われ評価されてきているか といった知識です。
このような準備作業を経て、現状のコミュニケーション状況の 分析を行います。たとえば、こんな具合です。

(a) 実際にどんなテーマで話が進んでいるのか、まったく把握できない状況にある。
(b) 話のテーマは把握しているし、おそらくはまわりが賛同してくれそうな考え (意見)も持っている。しかし、どうも会話に加わろうとするタイミングを逸している状況だ。
このように、まずは現状のコミュニケーションに関する状況把 握が必要になります。これを「メタ認知的モニタリング」と言い ます。
こうして初めて対策が見えてきます。もし (a) の状況なら、外 国語 (英語)でのコミュニケーションはあきらめて、通訳をしてく れそうな人を連れてきて頼むしか手がなくなってしまいます。
(b) の状況なら、いくつかの対応を思いついた中で、どれが実 際に有効なメタ認知的知識かを検討します。そして、まずは相手 の話をよく聞いてあいづちを打つ、そして相手と視線が合ったら 即座に話しはじめよう、前置きからはじめるのではなく、賛成か 反対かなど話のポイントを先に表現しよう。これらのコミュニケ ーション (会話)に参加するための方略を実行します。これを「メ タ認知的コントロール」と言います。

以上簡単にお話ししたメタ認知については、第5章においてさ らに詳しく解説します。本書のような「外国語を話せるようにな るしくみ」について学ぶ本が重要なのも、実はこのメタ認知能力 の育成と関係があります。ポイントとしては、大きく次の3つがあ ります。

1 外国語 (英語) 学習について、これまでの関連領域の科学的な成果にもとづいたメタ認知的知識を吸収すること
2 英語を読んだり書いたりは得意だが、英語の聞き取りや会話は 不得意だなど、自身の外国語(英語) 能力の現状を把握(メタ 認知的モニタリング)すること。
3 そしてその結果をもとに、解決策・打開策を模索して実行(メ タ認知的コントロール)する力をつけること。
これらは外国語習得において極めて重要なポイントです。これ が、今までお話しした「インプット処理」「プラクティス」「アウト プット産出」とともに、外国語 (英語) 習得の成否を決定する第4 のポイントになるのです。
– 「外国語習得を成功に導く4本の柱:

IPOM
母語 (第一言語)の習得に失敗する人はまずいません。これに 対して、外国語習得に成功する、つまり母語話者に近いレベルま で使えるようになる人 (完全バイリンガル話者14) もまれでしょう。 いわば大半の学習者がなかば成功あるいは部分的に成功という 「中間言語段階」にいると言えます。

この状況を大幅に改善して、可能な限りバイリンガル話者に 近づくための議論は、これまでにも数多くなされてきました。本 書はこれまでの議論を総括して、「インプット処理」「プラクティ ス」「アウトプット産出」「モニタリング」を外国語習得のキーポイ ントとしています。すなわち、IPOM15です。外国語 (第二言語) の習得・学習のキーポイントです。そして、これら4つのポイント となる学習を支え、それらの学習を促進するのが、「シャドーイ ング (shadowing)」のトレーニングです。シャドーイングが、これ ら4つをいかにして促進するかについて、概略的に示すと次のと おりになります。

1 聞こえてきた英語の音声を捉える能力 (音声知覚)を鍛え、そ の結果として、英語のリスニングを向上させる「インプット効果」(第1章)
2 耳や目を経て知覚した英単語・英語表現・構文を声に出して 繰り返し、その結果、声に出さないで心の中でリハーサル (内 的反復)する力を鍛え、意識的に検索しなくてもすぐに取り出 せる知識として覚え込んでしまい、内在化できるようにする 「プラクティス効果」(第2章)
3 スピーキングにおける文発話のプロセスを一部シミュレーション(模擬的実行)し、結果的にスピーキング力を向上させる「ア ウトプット効果」(第3・4章)
4 これまでの第二言語習得研究の成果や自身の学習経験で得た 知識 (メタ認知的知識)にもとづき、自身の言語能力の実態把 握(メタ認知的モニタリング)を行い、さらに今後の学習法を 調整 (メタ認知的コントロール)する力を支える「(メタ認知的)モニタリング効果」(第5章)

これまでの研究成果から、シャドーイングトレーニングによる 上記の効果は、123についてはおおよそ「インプット効果→ プ ラクティス効果→アウトプット効果」の順に出現することが予想 できます。そして、4のモニタリング効果は、これらすべてを支 えるようなしくみになっています。この1~4の関係については、 本書の終章で再度取り上げます。
それでは、「外国語が話せるようになる(使えるようになる)し くみ」について、ステップ・バイ・ステップにじっくりと考えてい きましょう。


1 門田 (2012:21-22) を参照。母語および英語(外国語)の学習時間を概算。
2 以上の学習指導要領については、『英語教育』増刊号 (2017 : 62-72) や文部科学省のHPを参照。
3 門田 (2015:14) を参照。
4 門田 (2015:16) を参照。
5 門田 (2015:329-333) を参照。
6 門田 (2012) の第1章を参照。かなり詳細に解説している。
7 英語・日本語のバイリンガルを目指した結果予想される、認知症にかかりにくいなどの効用については、門田 (2015:319-329) を参照。
8 門田 (2012:303-310) などを参照。
9 Krashen (1985) を参照。
10 クラッシェンは、理解できるインプットだけで、外国語習得の必要十分条件であるとしたが、その後の研究者からは、アウトプットやインタラクションなどが必要だという指摘が相次いだ。
11 Swain (1995) など。
12 門田 (2015:28) をもとに作成。
13 Long (1996) など
14 第二言語が母語と同程度まで熟達した人で、等位バイリンガル (coordinate bilingual)と呼ぶことも多い。
15 Input Processing、Practice、Output Production、Monitoringの頭文字を取ったもの。