例文詳解 技術英語の冠詞活用入門

まえがき

英語の冠詞の用法は難しい。書き言葉に限った場合,冠詞以外の言葉は時間をかければネイティブのレベルにかなり近づくことができるが,時間をかけてもネイティブのレベルになかなか近づけないのが冠詞である。

科学技術英文に関わった最初の頃は,例えばdevelopment of the system のdevelopment に the がついたりつかなかったりするというような冠詞の用法におけるさまざまな不規則性に悩まされた。これらの不規則性は意味の違いからくるのか,それとも単なる用法上のバラツキなのかが理解できなかったのである。

これらの数多くの疑問のなかでもかなり長い間解けなかった問題の 1つは「特定のものに不定冠詞がつくのはなぜか」ということであった。これはやさしい例文で言えば, A lady came to the office yesterday.において,このladyは特定のladyであるのになぜ, theではなくてa なのかという問題である。

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この疑問は冠詞が情報の伝達において果たしている役割, さらにはその際,鍵になる「特定」「不特定」「限定」「非限定」の意味を考え ていくなかで解くことができたのである。このきっかけになったのは、 織田稔氏の「存在の様態と確認」と題する本で「特定存在に言及しな がら文法形態では不定冠詞形をとる」specific indefinite expression の存在を知ったことである。

この問題が解けると次は複雑な冠詞の用法を日本人に理解しやすい形に整理できないかという問題へと発展していった。ここでも冠詞が情報伝達において果たしている役割という視点が鍵になった。その結果,冠詞の用法を4つの規則にまとめることができた。規則はできるだけ少ない方がよいわけで,最初は3つにすることを考えたが、3つの規則では不完全なことがわかり,4つの規則にした。

冠詞の用法におけるもう1つの大きな問題は、名詞が「数えられる名詞」であるか「数えられない名詞」であるかという問題であった。冠詞の用法は名詞が数えられる名詞であるか数えられない名詞であるかで異なるために,名詞がいずれに属するかが決まらなければ冠詞が決まらないことになる。ところで,私たち日本人にとって困ることには科学技術分野で用いる名詞のなかには数えられる名詞と数えられない名詞の2つの顔をもつ名詞が多いのである。そこで本書では予備知識として最初に名詞の分類と意味について解説した。その際理解しやすいように、名詞を3つのグループに分けた。

本書の冠詞の用法に関する4つの規則が理解できれば、科学技術関係の英文の冠詞の7~8割は正しく使えるようになると思われる。

本書は3章から構成されている。第1章では4つの規則とその使い方について解説した。第2章では規則からはずれた用法と特殊な用法を扱った。第3章は冠詞の周辺問題を扱った。また、最後に簡単な練習問題を加えた。

本書を書くにあたって多くの本を参考にしたが、とりわけ先にあげた織田稔氏の「存在の様態と確認」と、正保富三氏の「英語の冠詞がわかる本」に教えられるところが多かった。

原田 豊太郎 (著)
出版社: 日刊工業新聞社 (2000/6/1)、出典:出版社HP

 

目次

まえがき

序論
名詞は3つのグループに分かれる
(1) 数えられる名詞 (C)
(2)数えられない名詞 [U] (3) [U],[C] の両方で使われる名詞 [U]/[C] 名詞の持つ意味
(1) [C] の3つの意味――1不特定,2特定,3一般的概念
(2) [U] の2つの意味――D非限定,2限定

第1章 冠詞の規則的な用法
1. 冠詞の用法に関する4つの規則
2. 不特定の [C], 非限定の [U] の使い方――規則1の話
2.1 [C] の場合
2.2 [U] の場合
3. 特定・限定されているのかいないのか――規則2の話
3.1 [C] の場合
a firstとthe first
3.2 [U]の場合
4.特定の (C),限定の (U)の使い方――規則3の話
4.1 すでに出た名詞を指す場合
同じ名詞を繰り返さない場合
同一性がない場合にはthe をつけてはならない
4.2 文脈による特定・限定
図面の説明
前に出た名詞や事柄との関連による特定・限定
名詞が前の方の文章の内容を受ける場合
4.3 修飾語句による特定・限定
形容詞の最上級による修飾
特定あるいは限定する意味をもつ形容詞による修飾
関係代名詞節による修飾
This is the book which I bought yesterdayかThis is a book which I bought yesterdayか
不定詞句による修飾
of-句による修飾
所有・所属関係
主格関係
for-句による修飾
固有名詞による修飾
その他の修飾句による修飾
4.4 自己限定名詞
4.5 直接指示による特定
4.6 唯1つしかないもの
4.7 名詞が示すもの全体を表す一総括のthe
5. 一般的概念の使い方――規則4の話
5.1 [C] の場合
3つの総称表現
命名表現に見られる [C] 商品名をどう表現するか
文中で使われた一般的概念の the
5.2 [U] の場合
命名表現に見られる [U]」

第2章 冠詞の不規則な用法と特殊な用法
1. of-句を伴う名詞
1.1 目的格関係の of
the use of Douse of
1.2 同格の of
a temperature ofかthe temperature ofか
rangeはthe が一般的
the idea of ……, the risk of ……
1.3 その他のof
a result ofとthe result of
one of origins, one of originは誤用
2. 同格のthat節を伴う名詞
3. 冠詞の特殊な用法
the +形容詞で名詞化する
the +比較級, the+比較級
a は oneの代わりをすることがある
in case of とin the case of
in front ofとin the front of
4. 冠詞の省略
4.1 冠詞の繰り返しを避ける
名詞を列挙する場合
4.2 allなど強く特定する形容詞を伴う場合
identical とsame
4.3 慣用による省略
from ~ to~
of … ofの真ん中の名詞
part of
of theoretical
5. 冠詞の位置
such a ……
so +形容詞…… , too+形容詞…..
as – as, so 〜asの構文
6. ネイティブの英文に見る冠詞の非正統的用法とユレ
6.1 ネイティブの英文に見る冠詞の非正統的用法
6.2 ネイティブの英文に見る冠詞のユレ

第3章 冠詞をめぐるいくつかの問題
1. 冠詞の用法がむずかしい名詞
1.1 kind, sort, type
1.2 form
1.3 behavior
1.4 knowledge
1.5 proceedings, data, savings
1.6 work
1.7 case
1.8 literature
2. 単複呼応の問題
2.1 have
2.2 with
2.3 their
2.4 所有・所属関係のof
2.5 その他の呼応
3. 日本人の冠詞の誤用
3.1 aの代わりにφを用いた誤用
3.2 aの代わりにtheを用いた誤用
3.3 theの代わりにaを用いた誤用
3.4 theの代わりにφを用いた誤用
3.5 φの代わりにaを用いた誤用
3.6 φの代わりに the を用いた誤用

練習問題
参考文献

序論

本書は科学技術分野の英文を書く際の冠詞の規則的用法および不規則な用法についてやさしく解説しようとするものである。まず,規則的な用法について4つの基本的な規則に基づいて解説する。ついで,不規則な用法について述べ,最後に冠詞に関連する周辺的なトピックをいくつか取り上げる。
4つの規則は冠詞が情報の伝達においてどのような役割を果たしているかという視点から,従来の冠詞に関する法則を整理し直したものである。4つの規則を理解したうえで冠詞を使いこなすには、英語の名詞に関する基礎知識がどうしても必要なのでまず名詞の分類と名詞が表す意味について簡単に述べることにする。

名詞は3つのグループに分かれる

最近の英語の辞書は便利になり、たいていの辞書で名詞には数えられる名詞(以下多くの場合 [C]の記号を用いる),数えられない名詞(以下多くの場合 [U]の記号を用いる)の区別がしてある。また,多くの解説書にも名詞はこの2つのグループに分かれると書かれている。そのため初心者は名詞がどちらかのグループに入ると考えやすいのであるが、実は名詞にはもう1つグループがある。すなわち[C]と[U] の両方の顔をもつ名詞があり([U]/[C] と表記する)、このグループのために,私たち日本人にとって名詞さらにはそれと関連する冠詞の用法はさらにむずかしいものになっている。そこで本書では名詞を3つのグループに分けて考えてみる。

(1)数えられる名詞 [C] このグループに入る名詞は私たちに最も理解しやすい。原子,電子に始まって、自然界の動植物や人間が造りだした工業製品はこのグループに入る。いずれもある形状をもった境界がはっきりしたものである。ものよりも少し理解しにくいが, centimeter, Pascalなどの単位もこのグループに入る。このグループの名詞には単数形と複数形があり,単数形には不定冠詞 a (an) あるいは定冠詞 the, 複数形には無冠詞(以下場合によりかという記号を用いる)あるいは the をつける。なお,本書では煩雑さを避けるために不定冠詞の表記を a (an)としないでaとする。というのは an は名詞の発音(表記ではない点に注意)が母音で始まる場合に用いるというだけのことで本質的な問題ではないからである。

(2)数えられない名詞 [U] このグループで最もわかりやすいのは人名などの固有名詞であろう(厳密に言えば人名もa Suzuki, Nakatasのように(C)として用いることもあるが,これは特殊な用法でしかも科学技術分野ではほとんど使われない)。固有名詞を除くと(U)の名詞はそれほど多くはないので一度覚えてしまえば使いやすい名詞と言える。このグループに入るものとしては, advice, equipment, evidence, expertise, knowhow, hardware, information, machinery, news, piping, tooling, tubing, wiringなどがある。これらの名詞は抽象名詞あるいは集合名詞のどちらかに属するものが多い。このグループの名詞は複数形をとることはなく(news のように複数形で単数扱いのものもあるが)、またφかtheしかつかない。なお,通常このグループに入れてある behavior と knowledgeは入れなかった。これら2つの名詞は最近では[C]としても使われるようになっているからである。これらについては別に取り上げる。

(3) [U], [C] の両方で使われる名詞 [U] / [C] これが最もやっかいなグループである。科学技術分野でよく使われる重要な言葉はこのグループに属するものが多いからである。普通は[U] に分類されている動詞や形容詞から派生した抽象名詞の多くは〔C〕としても用いられる。例えば, ability, analysis, detection, existence, explanation, measurement, observation, presence, tendencyなどがある。atmosphere, effect, energy, potential, theoryさらには force, pressure, strength, temperatureなどの多くの物理量, carbon, hydrogenなどの元素名もこのグループに入る。light(光), matter(物質) は[C] としても用いるが,この場合意味がかなり変わるのでむしろ第2グループに入れた方がよいかもしれない。

1つの名詞が[U], [C] の両方で使われるということから両者の使い分けの問題が生じる。最初に「やっかいな」という表現を用いたのはこのためである。使い分けの問題は具体例で慣れるのがよいので本書のなかで折にふれて説明していくが,ここでは簡単に次のように理 解しておく。

[U] の場合は対象を抽象的にひとまとめにしてとらえており, [C] の場合は具体的,個別的にとらえていることが多い。例えば φanalysis の場合,分析を漠然と抽象的にとらえているのに対し, an analysis, analyses のように[C]として用いる場合,具体的な分析の行為や分析により得られた結果などを意味している。また、「高温で」に対しては at high temperature, at high temperatures のいずれも用いるが、前者は高温を漠然と一まとめのものとしてとらえているのに対し、後者は個別の温度をイメージしているということである。hydrogen などの元素名は普通は [U] であるが,次のように[C]として使うこともある。この場合、水素原子(hydrogen atom)を意味している。
(1) The carbon atom is surrounded by four electrons of its own and four derived from the hydrogens. (炭素原子はそれ自身の4個の電子と水素原子からの4個の電子により囲まれている)
なお,[U]/[C]と表記し, [C]/[U]と表記しなかったのには理由があり,これらの名詞は上に見たように本来[U]のものが多いからである。

名詞の持つ意味
以上,名詞が3つのグループに分かれることを見てきたが,次には、名詞がもつ意味を考えてみたい。実は、名詞の意味の違いを表すために冠詞が必要になるのである。なお、[U]/[C]のグループの名詞は実際に用いられる場合には [U]か[C]のいずれかになる。

(1) [C] の3つの意味――1不特定,2特定、3一般的概念
[C]の名詞の意味には1不特定,2特定.3一般的概念の3つがある。このことを理解するために読者が携帯電話を店で買う場面を考えてみる。あなたは店に来る時にどのような携帯電話にするかいろいろ頭に描いている。この時の携帯電話が「不特定の意味」の携帯電話である。店に来てたくさんの携帯電話を前にしてどれにしようか迷っているとする。その時の個々の携帯電話も「不特定の意味」の携帯電話ということになる。

どれにするか決断してある携帯電話を手に取ったとすると,その携帯電話は「特定の意味」の携帯電話である。話を簡単にするために1個の不特定あるいは特定の携帯電話で話を進めてきたが,携帯電話は2個以上でもよい。個々の携帯電話には「特定」か「不特定」の意味しかないが,携帯電話にはもう1つ別の意味がある。日本語で言えば「携帯電話というもの」という意味で,個々の携帯電話を超えた「一般的な意味」での携帯電話である。この意味の携帯電話は,携帯電話について一般的な話をする場合などに必要になってくる。以上述べた [C] の3つの意味を例文でみてみる。

(2) This invention is a security device for banking or shopping by telephone.
(この発明は電話によるバンキングやショッピングのための機密保護装置である)
(3) The measuring device is perhaps the best method for meeting this requirement.
(この装置はおそらくこの要件を満たす最良の方法である)
(4) As a general rule, positioning devices have two axes.
(一般的に言って、位置決め装置には2つの軸がある)
(5) The polycarbonate’s light weight adds to the functional convenience of mounting the measuring device directly to the patient.
(ポリカーボネートの軽量性により,測定装置を直接患者に装着するという機能面での便宜性が加わる)

例文 (2) の a security device は security device と呼ばれるものの集合のなかの不特定の1つを意味している。例文(3) の measuring device は特定のものを指している。例文 (4)のpositioning devices が一般的な意味で用いられていることは as a general rule という句から明らかであろう。例文(5) の the measuring device は特定の装置ともとれるが,この場合は一般的な意味で用いられたものである。一般的な意味を表す表現法にはもう1つ不定冠詞を用いるものもあるが、 一般的概念の表現法については第1章の5節で詳しく述べるのでここでは省略する。ここでは[C]の名詞には3つの意味があることを理解すれば十分である。

(2) [U] の2つの意味――1非限定,2限定
[U] の名詞の意味にはの1非限定,2限定の2つの意味がある。[U] の名詞は [C] のような明確な境界をもたないので,特定するためには何らかの方法で範囲を決める必要がある。[U] の世界ではある範囲に限定するかしないかで2つの意味が生じることがわかる。このことを理解するために温度を考えてみる。ある物体の温度を測っているとする。この温度は「ある物体の温度」ということで、一般的な温度ではなく限定された意味をもつことが容易にわかる。このような限定がなされないで,意味の範囲が漠然としていたり、範囲がない場合。 非限定の場合である。C]の場合の一般的概念に相当する[U〕の一般的概念は範囲が無限の場合と考えられる。[C]と[U]の意味を比べると、1つ、2つと数えることができる[C]の意味の方が[U]の意味に比べて理解しやすい。 [U]の意味を例文で考えてみる。

(6) The temperature of the reaction product was increased at a rate of 15°C/h.
(反応生成物の温度を15°C/hの速度で上げた)
(7) At high temperature, the oxygen vacancies present in all zirconia / yttriaalloys diffuse rapidly. (高温ではあらゆるジルコニア/イットトリアアロイ中に存在する酵素の空孔は急速に拡散する)
(8) If function depends on conformation, on what does the conformation on the protein depend?
(機能が配座に依存するのならば,タンパク質の配座は何に依存するのか)

例文 (6)の温度が限定された意味の温度であることは明らかであろう。それに対して例文(7)の温度は漠然とした非限定の意味で使われている。この温度は話の進展によっては,1200°Cから1300°Cの間の温度というように限定されることも考えられる。例文(8)には conformationという言葉が2度現れるが,最初の conformationは一般的な意味であり,2番目の conformationは限定された意味で使われている。

以上で,英語の名詞には3種類あり,実際の使用の際には [C], [U] の2種類があること,さらに [C] における特定,不特定,一般的概念, [U] における限定,非限定の意味がわかったので,これらの知識をもとに次は本書の主要テーマである冠詞の用法に関する4つの規則の話に移る。

まとめ

(1) 英語の名詞には,1数えられる名詞 [C],2数えられない名詞 [U], 3 [U], [C] の両方で用いられる名詞の3 種類がある。
(a) [C] は境界がはっきりしたもので,自然界の動植物や工業製品などが入る。
(b) [U] は固有名詞のほかには,科学技術分野でよく用いられる equipment, evidence, information, machineryなどが入る。これらの名詞は原則として複数形をとらない。
(c) [U]/[C]は私たち日本人にとって用法が最もむずかしい。このグループには、動詞や形容詞から派生した抽象名詞,例えばanalysis, measurement, さらには atmosphere, theoryなど、また pressure, temperatureのような 物理量など,非常に多くの名詞が入る。[U]として用いる場合は、対象を抽象的に,ひとまとめとして捉えており,[C]として用いる場合は具体的,個別的にとらえていることが多い。 (2) [C]には3つの意味,すなわち、1不特定,2特定,3 一般的概念, (U) には2つの意味,すなわち,1非限定, 2限定がある。

原田 豊太郎 (著)
出版社: 日刊工業新聞社 (2000/6/1)、出典:出版社HP