「英語’the’の使い方」に関する一つの提案 その他

まえがき

本書は、今にして思えば筆者にとって生涯最大のテーマであった「英語の冠詞の使い方」に関係する全エッセイを集めたものである。
20代の時に小沼 丹先生の文学的天才、30代の時に Mr. Sherman Lewの教育学的天才、そして40代の時にDr. Meredith K. Hazelriggの言語学的天才に啓発され、同時にこの35 年間、すばらしい学生たちに刺激され続け、筆者は凡人ながら、ここに一つの理論を提案し得るに至ったと感じている。 その意味で、最新のエッセイ「「英語の”the’の使い方」に関する一つの提案 (2018年10月)」が、上記テーマへの筆者による結論であると言える。したがってこれを本書の冒頭に収めることにした。本書が「英語の冠詞の使い方」に関して、本質的な何かを示唆する能力を持つことを切に願う次第である。
最後に、本書出版へと導いて頂いたぶんしん出版ことこと舎に、心から感謝します。

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目次 Contents

1. 「英語の”the’の使い方」に関する一つの提案
(2018年10月) ————————7
2. 歯科医学英語の授業
基礎編1 名詞 (2008年) ——————————31
3. 歯科医学英語の授業
基礎編 II 授業形態と内容 (2009年) ——————————41
4. 歯科医学英語の授業
基礎編III 教え方の工夫 (2010年) ——————————59
5. 医学英語講読の授業
静的な読みから動的な読みへの転換を求めて
(2012年) ——————————77
6. 英語の名詞の抽象化に関する一考察
(2015年) ——————————87
7. 高校英語における「英語の名詞の使い方」
理解を問う問題の可能性 (2018年3月) ————————103

1. 「英語の the’の使い方」に関する一つの提案
An approach to ‘How to use “the” in English’

柴家 嘉明 (著)
出版社: ぶんしん出版 (2019/5/27)、出典:出版社HP

 

緒言

英語の要諦は the”にあると思われる。理由は一言で言うと、人間の意識の働きの種類が大きく二分されるうちの、一方の代表的表現法だからである。一方の代表的表現法の使い方が分かれば、もう一方の表現法の使い方も分かるということにもなるだろう。
デカルトは、「われ考える。故にわれ在り」と言った。パスカルは、「人間は考える葦である」と言った。そしてポール・ヴァレリーは、「人間の特質は意識である」(“Le caractere de l’homme est la conscience.” Paul Valéry ‘Introduction à la Méthode de Léonard de Vinci’) と言った。
人間は他の動物と比べ、格段にクリアーな意識を持っていて、この「意識」(conscience, consciousness)が適切に働くと、次の段階である「認識」(recognition)に至る。さらに この「認識」が複数集まって適切に働くと、「思考、思索」(thinking, thought)にまで至る、と言えるだろう。

そしてこの「意識が適切に働く」という部分と、同じく上記の「意識の働きの種類が大きく二分される」という部分との間に、密接な関係があると思われるのである。
私は専門家ではないので明言はできないが、おそらく「感識」が「認識」にまで移行する(一瞬のプロセスにおいて、人間の脳はその対象(抽象的な対象を含む)が「特定」のものであるか「不特定」のものであるかを判別しようとする。これが人間の脳の本来持つ働きであるかどうかは分からないが、少なくとも、「特定」と「不特定」を判別する記号(=語)すなわち冠詞(無冠詞を含む)を有する言語を話す人間の脳は、このように働くものと思われる。
つまり「意識」が「認識」のレベルにまで高まるための必要条件の一つとして、「特定」と「不特定」の判別が存在するのである。それ故に、「英語の要諦は “the’にある」と思われるのである。
実際、統計的見地からも、英語において使用頻度の最も高い語は ‘the’であることが分かっている。使用頻度はその語の重要性と正の相関関係を持つものと思われる。

英語の冠詞に関する新知見

「‘the’の使い方」に関する一つの提案を行う前に、’the’を含む英語の冠詞全体に関する新知見をここで述べておきたい。

[1] 英語においては、名詞が使用されるごとに、言わば、[特定、個別、具体]の陣営と、[不特定、一般、抽象]の陣営との間に、せめぎ合いが生じる。そして両者のいずれかが必ず勝 つ(引き分けはない)。
[2] 前者が勝った場合、その戦いに関する動きは止まる。しかし後者が勝った場合には、もう一つの動きが生じることがある。それは、[不特定、一般、抽象]に属すると決まった直後に、あるいはむしろ、それと同時に、[特定、個別、具体]化が起こる場合である(あくまで[特定、個別、具体]化であって、[特定、個別、具体]の領域へと鞍替えするわけではない ことに注意する)。

本論は、[特定]陣営の総大将(=代表)とも言える’the’を論じるものであるから、上記の[1]のみが扱われることになる。この[1]の内容について、少し説明を加えたい。
[1]の段階、すなわち英語の一つ一つの名詞を使おうとする、最初の段階において、瞬間的に、プラトンが唱えた二元論(相反する、決して妥協することのない、二つの根本原理の対 決)が働くものと考えられる。一方は、[特定(個別、具体)]という原理であり、もう一方は「不特定(一般、抽象)]という原理である(カッコ内は、その側で働く強い傾向を持つが、 常にその側で働くというわけではない)。この各対決において、いずれかが必ず勝つ。そしてこの対決自体の認識こそが、’the’ の使い方を身につけるための第一歩であり、同時にこれが、英語学習法における第一原理の基底部を成すと考えることさえ、可能であると思われる([2]の段階においても、別の種類の二元論が働いていると思われるが、上記の理由から本論では触 れない)。

上記で “the”を「総大将」にたとえたが、その下には無数の語が存在する。’this’, ‘that’, ‘these’, ‘those’, ‘my’, ‘your’, ‘his’, ‘their’, ‘its’, ‘our’, ‘their’, ‘Ms.O’s’, ‘Mr.O’s’、’O’s’の全てが「特定」を表すからである(普通、これらの語は、「指示形容詞」(‘this’等)、「人称代名詞所有格」(‘my’等)、「名詞所有格」(Ms.O’s’等)と呼ばれるが、これらは全て「特定を表す語」であると言える)。
一方の「不特定(一般、抽象)]の陣営には、’a(n)’と「無冠詞」という2将軍が控えていると考えればよい。「総大将」に合わせて「将軍」にたとえてみたが、この陣営にはこの2つの形しかない。

“the”の使い方

この「特定」か「不特定」かの対決の勝敗(選択)は、それぞれの名詞の使用において、’the'(「特定」の代表)が使えるかどうか、で判定され得ると考える。
さて、名詞の使用に関する形態には、大きく以下の4つのパターンがある。各パターンにおける、the”を使うための骨太の条件を、それぞれ以下のごとくここに提案したい。

(日本語版)
パターン1 名詞
この名詞に関して、話し手/書き手の意識の中で、この名詞が示し得る他の全てが、排除されている場合、”the’を使う。

パターンII 限定詞A 名詞
この名詞に関して、話し手/書き手の意識の中で、[限定詞Aが示すもの」以外の全てが、排除されている場合、”the”を使う。

パターンIII 名詞 限定詞B
この名詞に関して、話し手/書き手の意識の中で、「限定詞Bが示すもの]以外の全てが、排除されている場合、’the’を使う。

パターンIV 限定詞A 名詞 限定詞B
この名詞に関して、話し手/書き手の意識の中で、「限定詞Aが示すもの] + [限定詞Bが示すもの]以外の全てが、排除されている場合、’the’を使う。

(英語版)
Pattern I a noun
Concerning the noun you are to use, if all the other possibilities of what the noun refers to are excluded in the speaker’s/ writer’s mind, use ‘the’.

Pattern II Modifier A a noun
Concerning the noun you are to use, if everything except what [Modifier A] refers to is excluded in the speaker’s/writer’s mind, use ‘the’.

Pattern II a noun Modifier B
Concerning the noun you are to use, if everything except what [Modifier B] refers to is excluded in the speaker’s/writer’s mind, use ‘the’.

Pattern IV Modifier A a noun Modifier B
Concerning the noun you are to use, if everything except what (Modifier A) refers to and what (Modifier B) refers to is excluded in the speaker’s/writer’s mind, use ‘the’.

柴家 嘉明 (著)
出版社: ぶんしん出版 (2019/5/27)、出典:出版社HP