英文ライティング「冠詞」自由自在

はしがき

本書は、英語の冠詞はどのように用いられるか,その用法の背後にはどのような原理があるか,ということをできるだけ包括的にまとめたものである。第1部では、6つの原理に基づいて,どのような場合に名詞部が不定冠詞(a/an)をとり、どのような場合にとらないかを説明する。第2部では「同定可能性」という観点から定冠詞 (the) の用法を詳述する。第3部では,冠詞など限定詞の省略を論じる。

近年,外国人用のすぐれた英英辞典があいついで出版され、多数の例文に基づいて英語の名詞が可算名詞であるか不可算名詞であるかを調べるのが容易になった。だが,見出し語の説明ではしばしば例文なしに[C]と[U]とが併置されているため,説明を読んでも[C]と[U]との使い分けは不明のままであることが多い。さらに, [U] 表示の名詞も文脈によっては a/an が必要とされるという事実がある。このため、すぐれた辞書の助けを借りても、英語の冠詞の使用法が日本人にとって理解しにくいことに変わりはない。

他の冠詞の書籍も確認する

他方,日本人による英語の冠詞に関する論文あるいは著書も出版されてはいるが、ほとんどは有益とは言いがたい。この原因を突きつめれば,冠詞の包括的な実態調査がきちんと行われていないことによると断ぜざるをえない。本書が理論的または実用的に貢献するところがあるとすれば,豊富な一次資料を基に英語の名詞が無冠詞で使われる場合と冠詞つきで使われる場合とを対比することによって,両者の相違を明らかにしようとしたこと,および,これまで個々別々に列挙されてきた冠詞の諸用法をできる限り統一的に説明するための原理を明らかにしたことであろうか。

本書の説明法は,記述的であると評されるかもしれない。たしかにそうであるが、筆者としては、「厳密な」記述的・説明的アプローチであると補足したい。この名詞には冠詞がつく場合もつかない場合もあるというような、例文の羅列で終わってはいないからである。本書は,無冠詞用法も冠詞つき用法も意味的、構造的もしくは文体的な必然性から生じるという前提に立つ。この前提なしには、冠詞の本質をかりそめにもとらえることは不可能であろう。本書では統計的処理はいっさい行っていない。意味に違いがあるとき頻度を求めても 無意味だからである。

本書は、Appendix も含め,例文が多すぎるという印象を与えるかもしれない。しかし、実用面を考えれば、外国語の使い方に関しては説明を読むだけでは十分には理解できないし、英語母語話者の書く英文にも誤用が皆無ではないので、多すぎるほどの用例をあげることが必要である。学問的にも,本書中の原理が有効であることを実証するためには,適切な例文を広範囲に提示したければならない。加えて、インターネットの世界的な普及にともない英語が変化していくことが予想されるので、現時点における英語の冠詞の用例を記録しておくことは決して無意味なことではないであろう。僭越な比較であることは承知の上で,MEG (第7巻, 第12-16章)の豊富な例文が20世紀初期までの冠詞の実態を記録して有益であるのと同様に、本書も2000年前後の英語における冠詞の実態を示すのに貢献するところがあると期待したい。(もちろん、MEGの価値は冠詞論だけにとどまるものではない。)

本書中の例文の多くは筆者自身が過去数年に Reader’s Digest(主として、Asian Edition; RDと略す)から集めたものであるが,文脈なしでも理解可能な例として各種の英英辞典から補ったものもある。ほかに、BNC などコーパスから採取した例文,草稿がほぼできあがった段階で入手したCD-ROM版のEncyclopaedia Britannica 2001 (EB 01) および Grolier Multimedia Ency clopedia (GME) から補った例文,あるいは、少数ながら、母語話者と相談して作った例文もある。

無冠詞の用例と冠詞つきの用例との意味的・文体的な相違に関しては、広島大学外国人教師Michael Gorman 氏とのメールによる頻繁な議論をとおして説明をより正確にすることができた。関西外大教授・安藤貞雄博士からは、第1部の構想段階で,諸事実を原理としてまとめるようご助言いただいた。大珍館書店の米山順一氏は、出版にご尽力くださった上に、編集上の助言を替しまれなかった。以上の方々のご厚意に深謝したい。私ごとながら、家族の協力にも感謝のことばをささげたい。

筆者が,日本人にとって1番むずかしい英語の品詞は冠詞だということを初めて聞いたのは大学1年のときだった。しかし、当時は英語で長文を書いたことがなかったため、そのことばを十分には理解できなかった。卒業論文を拙い英語で書いたころから冠詞の難解さを実感するようにはなったが、研究対象にしようという気持ちは起こらなかった。ところが,授業や研究のかたわら冠詞に関する概説書を読むうち、疑問を解決してくれる説明がないことに気づき、自分で冠詞の用法を調査研究するしかないと思うようになった。

本書は、筆者が英語母語話者によって書かれた英文を読んで資料を集め,それらの一次資料との格闘をとおして,現時点までに到達した冠詞研究のエッセンスを、利用しやすい形で,まとめたものである。格闘はまだ継続中であるが,従来のどの研究書よりも英語の冠詞の本質に迫ることができたと自負している。本書が日本人のための冠詞理解の一助になることを願ってやまない。

原田 豊太郎 (著)
出版社: 日刊工業新聞社 (2016/12/23)、出典:出版社HP

◆本書の利用法

1. 索引から調べる
特定の語が冠詞をとるかどうか急いで調べたい場合は、索引からその語の用例を見る。
2.目次から調べる
冠詞の使い分けの原理や構文的タイプは目次に網羅されているので,当該箇所を見る。
3. 関連項目から調べる
同じ語の別の文脈における用法やより詳しい説明、類似の用法に関しては関連箇所が”cf.”および「参照」によって言及されているので、その項目を見る。
4. 全体を通読・精読する
英語の冠詞の用法を総体的に理解するためには本書を最初から最後まで読む。1回目は、例文は適宜飛ばしながら、説明に集中して読み、再読のときは例文もすべて検討する。
5. 見つけた例を書き込む
英文を読書中に本書の説明と合致する表現、あるいは例外的な表現を見つけた場合は、関連箇所に書き込む。

◆凡例
1. ☞は関連箇所を表す。
2. φは無冠詞を表す。
3. * は後続する表現が非文法的または不適切であることを表す
4.大文字のローマ数字とアラビア数字の組み合わせは章と例番号を示す。たとえば、(Ⅰ-45,c)は第1章の例文 (45,C)を表す。
5.例文の出版年は、誤解の恐れがない場合、最初の2桁を省略する。たとえば、(RD 99/2:129)
は(Reader’s Digest、1999年2月号, p. 129) であることを表す。
6、訳文中の固有名詞は、紙面節約のため、原則として頭文字のみ表記する。

目次

はしがき
本書の利用法
凡例

第1部 無冠詞と不定冠詞

序章 不定冠詞使用の条件

第1章 原理I意味の有無
1原理I 意味の有無
1.1 冠詞をとる条件
1.2固有名詞
1. 3肩書き・称号
1.4呼びかけ
1.5 数字・文字つき名詞
1.6 記号
1.7 「擬態普通名詞」

第2章 原理II 姿かたちの有無
2原理II 姿かたちの有無
2.1 解体と統合
2.1.1 素材と個体
2.1.1.1 食材
2.1.1.2 素材・構成物
2.1.1.3におい
2.1.1.4音
2.1.1.5 毛皮
2.1.2 タイプ:NP1 of NP2
2.1.3 タイプ:birds of a feathe
2.2 ジャンルと作品
2.3 無定形が組み込まれている語
2.3.1 物質集合名詞
2.3.1.1 植物
2.3.1.2 精神活動
2.3.1.3 創作物・製品
2.3.1.4 その他
2.3.2 物質名詞の普通名詞化
2.3.3 抽象名詞
2.3.3.1 ゲーム名
2.3.3.2 学問名
2.3.3.3 その他の抽象名詞
2.3.3.3.1「混乱」
2.3.3.3.2 laughter
2.3.3.3.3 traffic
2.3.3.3.4 advice
2.3.3.3.5 evidence/identification
2.3.3.3.6 information/news
2.3.3.3.7 progress
2.3.3.3.8 weather
2.4 メタ言語用法
2.5 言語と話し手

第3章 原理 III 一働きの有無
3原理 III ——働きの有無
3.1(準) 補語
3.2 job/position/rank/role
3.3 enough/half/more
3.4 play
3.5 楽器名
3.6 turn
3.7 by+名詞句
3.7.1 輸送・移動手段
3.7.2 通信手段
3.7.3 その他の手段・方法
3.7.4 by +複数形
3.8 施設名
3.9 能力・機能
3.10慣用的表現 (1)
3.11 慣用的表現 (2)

第4章 原理 IV限定と非限定
4原理 IV ——限定と非限定
4.1 空間的限定
4.2時間的限定
4.3 種類
4.4 共起する語句による限定
4.4.1 前置詞句
4.4.1.1 数値による限定
4.4.1.2 感情・能力などの対象
4.4.1.2.1 感情
4.4.1.2.2 能力
4.4.1.2.3 その他の名詞類
4.4.1.2.4 対象をともなう名詞に関する注意
4.4.1.3「助数詞」扱い
4.4.2 関係詞節
4.4.3 形容詞
4.4.3.1 食事名
4.4.3.2 色彩語
4.4.3.3挨拶ことば;擬音;発話
4.4.3.4 形容詞による,その他の名詞類の限定
4.4.4 that 節
4.4.5 不定詞および動名詞
4. 5否定と存在
4.5.1否定
4.5.2 存在文

第5章原理V抽象概念と個別事例
5原理V―抽象概念と個別事例
5. 1犯罪名と事件
5.2治療法と施術
5.3 病名と症状
5.3.1 病名[U] 5.3.2 病名[C] 5.3.3 病名[U,C] 5.4 その他の個別事例
5.4.1 具体物指示および同定構文
5.4.1.1 具体物指示
5.4.1.2同定構文
5.4.2 個別行為
5.4.3 状態・精神活動
5.4.4 内容
5.4.5 その他

第6章 原理 VI a/an+複数形
6原理 VI a/an+複数形

第7章 不定冠詞に関するその他の問題
7.1 タイプ : a cup and saucer
7.2 一見同義表現
7.3 総称用法
7.3.1 総称用法の不定冠詞
7.3. 2総称用法の複数

第2部 定冠詞

第8章 定冠詞使用の文脈および環境
8定冠詞の選択原理
8.1 文脈内限定
8.1.1 形容詞的修飾語句
8.1.2 関連語句
8.2 複数構成物
8.2.1 年代
8.2.2 一族/一門
8.2.3 グループ名/チーム名
8.2.4 国民部族/民族
8.2.5 大陸/国家/山脈/平原/群島
8.2.6 病名
8.2.7 その他の複数構成物
8.3 状況的同定
8.3.1 場面依存
8.3.2 唯一物
8.3.2.1 天体/地点;聖典
8.3.2.2 競技大会
8.3.2.3 祭り
8.3.2.4 賞
8.3.2.5 单位
8.3.2.6その他
8.3.3 流行病
8.3.4 the+形容詞/分詞
8.4 文化的了解
8.4.1 換喩的限定
8.4.1.1 内面的特徵
8.4.1.2 娯楽
8.4.1.3 タイプ :play the clown
8.4.1.4 タイプ :the perfect pizza
8.4.1.5 タイプ :the Mona Liza
8.4.2その他の文化的了解
8.4.2.1 同格
8.4.2.2 ダンス名/泳法名
8.5 対立
8.5.1二項对立
8.5.2 身体部位
8.5.3 交通機関
8. 6 総称
8.6.1総称用法
8.6.2 (play+)楽器名
8.6.3発明品
8.7 the+固有名詞
8.7.1 同定可能性と theの有無
8.7.1.1 海
8.7.1.2 湾/海岸
8.7.1.3 海峡
8.7.1.4 河川/運河
8.7.1.5 滝
8.7.1.6 環礁
8.7.1.7 半島
8.7.1.8 峡谷/溪谷;海溝
8.7.1.9 山/峰
8.7.1.10 道路
8.7.1.11 トンネル
8.7.1.12 橋
8.7.1.13船
8.7.1.14 塔
8.7.1.15 宮殿
8.7.1.16 公園/庭園; 植物園
8.7.1.17病院
8.7.1.18 一般化困難な固有名詞
8.7.2 the をとる固有名詞
8.7.2.1 砂漠/荒野;高原; 森林
8.7.2.2 電車/バス/宇宙船
8.7.2.3 ホテル/レストラン/パブ劇場/映画館
8.7.2.4 動物園;博物館/図書館;研究所/大学
8.7.2.5 新聞/雑誌
8.8 the をとらない施設
8.8.1 刑務所
8.8.2駅/空港
8.8.3 娯楽施設
8.9 修飾語句+人名/地名
8.9.1 定冠詞
8.9.2 不定冠詞
8.9.3 無冠詞
8.9.4 年齢+人名
8.10 the が随意的に見える場合
8.11 タイプ:this the 最上級/序数

第3部 限定詞の省略

第9章 限定詞の省略
9.1 等位接続詞のあと
9.1.1 and による並列
9.1.2 or による並列
9.2 ペア
9.2.1 between: both; neither…nor
9.2.2 その他の文脈
9.3 列挙
9.4 構造的省略
9.4.1 タイプ:three times a day
9.4.2 文頭
9.4.2.1タイプ:Fool as [that, though] I am
9.4.2.2タイプ:Fact is,
9.4.2.3 タイプ:Same+名詞/副詞的語句
9.4.2.4 間投詞扱い
9.4.2.5 その他の文頭位置
9. 5付帯的表現
9.5.1 タイプ:with pen and notebook
9.5.2 タイプ: pen in hand
9.5.3 タイプ:belly down/up
9.5.4 タイプ:engine running
9.6 省略的文体
9.6.1見出し/キャプション/ト書き/かっこ内/注
9.6.2 その他の省略構文

Appendix 1 (a/an+物質名)
Appendix 2(a/an+修飾語句+名詞)
Appendix 3 (具体物指示および同定構文)
Appendix4(個別行為など)

参考文献
索引
欧文索引
和文索引

原田 豊太郎 (著)
出版社: 日刊工業新聞社 (2016/12/23)、出典:出版社HP